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2009年5月31日 (日)

映画・ 天使と悪魔

Photo_2 Angels&Demons
前作「ダヴィンチコード」はややこしくてよく分かりませんでした。
本編は続いてラングドン教授(トム・ハンクス)が大活躍しますが、バチカンやイルミナテイ(秘密結社)の予備知識が無くても理解ができるでしょう。
法王が亡くなりコンクラーベが行われるバチカンにラングドン教授と女科学者が招かれてバチカン図書館のガリレオの著書からヒントを得て誘拐された4人の枢機卿の捜索ににのりだします。
昔々カトリック教会に弾圧された科学者達の秘密結社は復讐のため1時間毎に枢機卿を殺し最後に盗み出した核より恐ろしい反物質を爆発させてローマを壊滅させると通告してきましたから、教授は謎解きをしながらローマ中の教会を飛び回ります。
予言は土、火、空気と水による暗殺です。    行く先々で3人の枢機卿は虐殺され最後の枢機卿が広場の噴水の中から救い出されました。   続いて反物質も発見されますが爆発を停める手立てがありません。    一人の男が反物質のケースを抱えてヘリコプターで飛び立ちました。     ローマ上空で劫火の爆発・・・   スゴイ衝撃波が地上を襲いますがローマは無事でした。     その男は歓喜の中をパラシュートで降り立ちコンクラベの会場に呼ばれますが、この男が犯人でした。   誰でしょうか?    
追求された男は聖火台の中で灯油をかぶって焼身自殺を遂げます。Photo
「ダビンチコード」と同様に完全に理解したい方は文庫版「天使と悪魔」(上中下)を映画を観てからお読みください。
随所にカトリックを冒涜するシーンがありますが、最期は宗教と科学の融和で終わります。    スイス衛兵隊は人を殺し過ぎですヨ・・・
観光旅行では見られないローマとバチカンの素晴らしいロケーションが見物です。

      <翁の採点>  ○○○△●

インフルエンザで人ごみに出ないようにしてました。
東宝グループはチケットの前売りを中止して当日券だけで、発券時に健康チェックとマスクの着用を要請し、入場時にマスク着用を強制(持って無い人にはマスク配布)していたようですが、28日に前売り(ネット)を始めました。     ・・・・が入場者はまだガラガラです。

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2009年5月29日 (金)

ちらし寿司のトッピング

Photo 到来ものの”削りかまぼこ”をちらし寿司(筍、ちりめん)のトッピングに使ってみました。    味はグー・・・
家内はそのまま抓むのが一番・・・ と言ってますが。
胡瓜もみに載せてみるとも・・・   まだ実現しません。

プロの料理人はどう使うのでしょうか!

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2009年5月27日 (水)

法隆寺から矢田丘陵縦断

Photo
5月25日(月)  午前中曇りで肌寒し
足湯に浸かりたくて、このコースを歩きました。
8時40分の法隆寺にはまだ観光客の姿はありません。Photo_3


Photo_5 Photo_6 

松尾山を越えると整備されたプロムナードの散策です。
展望台まで2時間20分・・・Photo_7 Photo_8

Photo_9 Photo_10

.

コースは峠の50㍍ほど下に出ますので峠まで上がって見ました。
ここは酷道308号線です。    ときおり地元の車が通りますが”昔”の時間が存在してました。Photo_11

西に下って待望の"足湯”です。
車で通りかかった人が次々と寄りますが、10分か20分で引き上げます。
定員が15名ですから、2時を過ぎると満員になることがあるようです。
30分浸かって南生駒までの急坂を歩きましたが、脚は軽くなっていました。
此処から下は新しく開発された住宅地ですが何処を通るのがベストなのか分かりません。
バイパスが出来て旧308号線はしばらく無くなっています。Photo_12

この図は2万5千相当     上の図は5万(拡大して)
11.34㌔   4時間40分

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2009年5月25日 (月)

大 阪 五 山

大阪市内に山があるか探してみました・・・Photo_2 Photo_3

Photo_4 一年中賑わっている海遊館の東隣りに天保山公園があります。    安治川べりの天保山渡船の方に明治天皇行幸記念塔が建っています。   その足元に国土地理院の地形図に記載されている「日本一低い山」天保山(4.53㍍)の二等三角点があります。
18世紀に安治川の浚渫により盛り土がされて出来たものです。  西側の頂上のほうが少し高いようです。Photo_5 Photo_6

天保山からずっと南にくだって大正区役所の南側に昭和山(33㍍)があります。
1970年ごろ地下鉄工事の残土を盛り上げた築山で千島公園として整備されツツジと蘇鉄の多い立派な緑陰です。
海抜0㍍地帯ですから高さ33㍍は立派なものです。
大阪市内の最高峰です。Photo_7

次は東に進んで生野区役所の東側に御勝山古墳(約22㍍)があります。
前方後円墳ですが南側の前方部分は削られて勝山通りになっています。
岡山と呼んでいたのが大阪夏の陣で徳川秀忠が陣を引き勝利を得たので御勝山になったようです。  大阪市史跡です。
Photo_8 Photo_12

今度は天王寺公園内の茶臼山(約25㍍)です。
美術館の裏の北側になります。
古墳と思われていましたが調査の結果は埋蔵物は無く8世紀に和気清麻呂が河内から排水のため壕を掘った際の盛り土と言う故事があります。   河底池はそのとき出来たものです。
古い話です。Photo_11
最後は南にくだって帝塚山(約22㍍)です。
このあたりには古墳がいくつかありましたが、明治天皇が陸軍大演習の際この頂上から観戦したため史跡に指定されてこれだけが残っています。
前方後円墳ですが、入れないからよくわかりません。
南海高野線帝塚山駅の西へ百㍍です。

これで残念ながら大阪市内には自然の山はありません。
五世紀の頃は上町台地の麓はまだ海で東の河内潟に挟まれた半島だったことが分かります。      御堂筋あたりが海岸線のようです。
江戸末期の浪花展望図には天保山は画かれています。

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2009年5月23日 (土)

伊予名物 削りかまぼこ

Photo 伊予の名物の蒲鉾をいただきました。
「じゃこ天」は食べたことがありますが、「削りかまぼこ」は初めてです。

ご飯やおむすびのトッピングに好いようですが、大阪には昔は蒲鉾で木の葉丼と言うものがありました。    「削りかまぼこ」を卵でとじて丼を作ってみようと思っています。

大阪では天ぷら・蒲鉾は生(なま)で食べることが多いですが、「じゃこ天」はフライパンで焼いたほうがグー・・・

竹輪に「ごぼう天」もありますから、今晩は「おでん」でしょう!!

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2009年5月22日 (金)

天王寺美術館「小袖」展

Photo 江戸時代の和服の元となった小袖に振袖・帷子(かたびら)・打掛等が展示されています。

これは江戸の文化ですから馴染めません・・・

それよりインフル騒ぎのさなかに入場者がパラパラだろうと思っていましたが、さにあらず・・・

四,五十名の盛況?!で、半分が和服・・・

男は翁が一人・・・

もう一人居ました。   出口の守衛さん・・・

   場違いでした。

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2009年5月20日 (水)

大阪市内の「熊野街道」と「九十九王子」(阿部王子)

Photo 平安時代から始まった「熊野詣で」は京都を出た三十石船は淀川を降り大川の八軒家浜に着きました。
京阪電車天満橋ビルの南側の永田屋昆布店の店先にその跡があります。
北側の大川縁は今は水上バスが発着しています。
ここを出発して熊野まで遥拝所と休憩をかねた「九十九王子」があります。Photo_2
大阪市内には六ヶ所ありましたが、現存するのは「阿部王子」だけです。
此処から少し西に寄った座摩神社御旅所が第一王子の「窪津王子」跡と言われています。
今の谷町筋から西へ一本寄った道が熊野街道ですが、昔はウネウネしてたようです。
少し南下して榎木大明神が「坂口王子」で「郡戸王子」は高津宮に「上野王子」は愛染堂の隣の大江神社に合祀されていますから中寺町から生国魂神社の前を通ってまっすぐ南に降り最後は四天王寺に寄ります。Photo_3
参道を阿倍野に出て阿倍野筋を降ると南海上町線と別れてすぐに斜め右に旧道がわかれます。
小さな郵便局があってそこに「熊野かいどう」の石碑があります。  八軒屋浜からここまで点々とこの石碑が在るはずです。
阿部清明神社を過ぎすぐに阿部王子神社があります。Photo_4 Photo_5

境内には樹齢500年を越す楠の大木が亭々と茂っています。
このお社の古さをあらわしています。
しばらくしてまた上町線の軌道と重なって姫松を越すとすぐに左に小道がわかれます。Photo_6 Photo_7

「熊野かいどう」の石碑があって帝塚山の高級マンションの間をぬけると万代池に出て熊野街道のレリーフが立っています。
熊野古道歩きをする方も軌道を真っ直ぐ行ってここに古い街道があるのを知らないようです。
池の傍を過ぎるとまた軌道になって次の停留場から右の旧道に入って住吉神社の裏に出ます。
ここからは住吉神社の前の住吉街道を行くようです。
墨江小学校のあたりに「津守王子」があったようです。
このあと堺市内に入ると「王子跡」ははっきりしてきます。
”何処で大和川を越えるか?”   だって・・・
昔々は大和川は河内を北上してこのあたりは流れていません。Photo_8    

続きを読む "大阪市内の「熊野街道」と「九十九王子」(阿部王子)"

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2009年5月18日 (月)

大阪の渡船めぐり Ⅱ

Photo_17 このあたりは貨物駅だけの殺伐としたところでしたが、USJが出来て公園都市のようになってきました。
桜島駅とUSJ駅の間は立派なホテルやマンションの前の快適な道路を走って線路を跨いでから安治川口駅を過ぎると43号線に突き当ります。 右に100㍍ばかりで高架をくぐって川沿いを行くと安治川トンネルに出ます。Photo_18
Photo 
エレベーターで人も自転車も下に降って川底のトンネルを渡ってからエレベーターであがります。
西区になりますが、南にまっすぐ降れば九条商店街です。Photo_20

Photo_21 地下鉄九条駅から南は商店街は広くなります。
角のマックで休憩してルンルン気分になったのが間違いのもと・・・・・
千代崎橋での右折を忘れて北堀江まで行ってしまいました。    大回りして大阪ドームが見えたときはホットしました。
大正橋から南下・・・
大正区役所の裏の昭和山に登ります。Photo_22 Photo_23 Photo_24

落合下渡しを見落として千本松大橋が見えてきたのであわてて引き返しました。
沖縄料理で昼飯とおもいましたが、まったく工場地帯で飯屋なんかありません。Photo_25

千本松渡しで本日の行程はおしまい・・・
南津守に出てコーナンで虎テープを買って帰りました。
また行くつもりです。
今度はコースを間違えません。Photo_26

<続き>に大阪市発行の「渡船マップ」を載せます

続きを読む "大阪の渡船めぐり Ⅱ"

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2009年5月17日 (日)

大阪の渡船巡り by cycle Ⅰ

5月15日(金) 久しぶりに曇って肌寒いPhoto
大阪市営の渡船がまだ8ヶ所残っています。  安治川トンネルを合わせて自転車で巡回しました。 20年ぶりで、北半分は随分変わっています。
一番南の木津川渡から船町、千歳、甚兵衛から天保山に登頂してから対岸に渡り、西九条の下の安治川トンネルから大阪ドームを経て大正の昭和山を登頂、落合上、落合下から千本松渡で終わりです。
途中でコースを2回まちがえて36㌔で6時間ですが、実際は33㌔ほどでしょう。Photo_2
Photo_3

すぐ横を新木津川大橋が通っていますが、末端がループになっていますから自転車は危険です。    木津川から船町一帯は巨大な工場ばかりですから、渡船に人が何処からくるのか不思議です。
Photo_4

Photo_5







Photo_6 Photo_7

千歳渡しで8:00の通学時間になって、40人ほどを詰め込みます。
全員自転車ですから大変です。
2隻でピストンします。
千歳渡しから甚兵渡しに向かうあたりは昔は護岸が風に吹かれていたのに今は巨大なマンションが立ち並んだ住宅街になっています。
甚兵衛渡しから北上して中央大通りを地下鉄大阪港駅まで走って天保山です。Photo_13

Photo_8

                  天保山公園の教育塔の横に日本一低い山(4.53㍍)の二等三角点があります。
日本地理院の2万5千の地図に載っています。Photo_14
Photo_15 天保山渡船には外人が乗っています。
USJに通勤しているようです。
一度曇りましたがすぐに晴れてきました。                                                       

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2009年5月16日 (土)

天王寺七坂を歩く Ⅳ

Photo_19 Photo_20










Photo_21
安居神社から南に出ると国道25号線に出ますが、逢坂と言う面影は感じられません。
一心寺が今回の終点です。Photo_22  右前方に一心寺の納骨堂が光っています。
Photo_23 5






真言坂を登り、源聖寺坂を降り、口縄坂は登り、愛染坂は降り、清水坂は登り、天神坂は降って逢坂が登りです。
ユックリ3時間あれば回れます。

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2009年5月15日 (金)

天王寺七坂を歩く Ⅲ

清水坂(きよみずさか)を上がってから清水寺、天神坂に安居神社を一筆書きで回れません。    略図で位置関係を考えてください。   清水寺は裏の墓地からも入れますが、先に天神坂を降りました。2
紺線が坂
赤線が道順

Photo_10 Photo_11




Photo_12 Photo_13



Photo_14 Photo_15

地下水脈の多いところですから、崖の地盤が軟弱で崖上の建物は傾いて全部建て直しています。
京都の清水寺の移し変えです。

Photo_16

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西門(正門)から天神坂に戻って安居神社の北階段を登ります。

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2009年5月14日 (木)

天王寺七坂を歩く Ⅱ

口縄坂を上がって適当に南に向かってジグザグして勝鬘院の東横を立派な多宝塔と金堂を眺めながら愛染坂の通りに出ます。
狭い勝鬘院と大江神社、その隣が愛染坂のおりくちです。 Photo_2 Photo_3
金堂の裏に廻って多宝塔を見上げると、その重々しさに圧倒されます。Photo_4
Photo_5 Photo_6

Photo_7Photo_8
愛染坂を下って道標にしたがって左に曲がると清水坂(きよみずさか)の下にでます。

Photo_9
綺麗に整備されて自転車のスロープも付いてます。
右の崖の上は清水寺の墓地ですが、上がってから道順を紹介します。

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2009年5月13日 (水)

天王寺七坂を歩く Ⅰ

先日、生玉さんや愛染さんを訪ねた時に”天王寺七坂”を知りました。Photo_22 Photo_21
北から順番でまず千日前通りの松屋町交差点から少し東に登った目立たないスロープです。
昔はここに真言宗のお寺が六つ在ったのでこの名がつきました。
奥に生玉さんの赤い北門が見えます。Photo_9
Photo_6 生玉さんの裏から入ったことになります。
十二支社が並びますが、奥の浄瑠璃神社が一番お参りが多いです。
東の大鳥居にぬけて南に向かいます。



Photo_7

Photo_10

この源聖寺坂が曲がりくねって古い石段ですから一番歩き応えがあります。Photo_11

Photo_12松屋町筋にはお寺が並びます。
学園坂に出ますが、これは新しい坂で番外です。 Photo_14
Photo_15 Photo_16 

Photo_17 口縄は蛇の意です。
まっすぐですがウネリながら登ってゆきます。
東西の坂は途中で下寺町と夕陽丘町にわかれます。
口縄坂からジグザグのコースをとって愛染堂の立派な多宝塔と金堂を右手に眺めて愛染さんと大江神社の横から愛染坂を降ります。Photo_18

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2009年5月11日 (月)

帝 塚 山 坂

毎朝6:00からの散歩道の案内ですPhoto Photo_2

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Photo_7 Photo_11

池を二周して6時半からラジオ体操です。
6:50に帰宅・・・3㌔歩きます。









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2009年5月10日 (日)

NIKON・ coolpix L19

Catch
ここ二ヶ月ほど今迄8年間使っていたカメラ(coolpix775)が使用中によくシステムエラーの表示が出て動かなくなります。
西梅田のニコンプラザに持って行くと修理には9800円+αかかるから、今は同品質のものが1万円台であるから新品を買ってくださいと言われました。
定額給付金を当てたわけでもないですが、上記を買いました。
使い慣れたcoolpix775とシステムはよく似てますが、まず値段が1/4で液晶モニターが4倍になりました。
撮影済み場面の再生や削除がワンタッチで、プログラムが液晶画面に出てきますから使い易いと思います。       接写・動画・手振れ防止と多機能ですが、悩みが増えそうです。   電池は単3×2ですから、充電池用をGPSと使いまわしします。
レンズは大きくなって3.5倍ズームですが、775は画像がトテモ綺麗でしたから今度はどんなものか楽しみです。Photo_12

朝6:30  此処でラジオ体操です。               如何でしょうか?

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2009年5月 8日 (金)

萌える廃村八丁

5月3日(日)憲法記念日  高曇り
同行二人   弘法大師はテント・食料を全部持って二十数㌔、翁は個人装備だけで7㌔・・・
周山から小塩を抜け東谷をドンジリまで入りました。
立命館小屋は台座だけになっています。  その前に駐車・・・        
Photo_11 谷から急登して小1時間で卒塔婆峠です。     昔々この地方は此処で風葬をしていたのでこの名があります。    オット大変、尾根を切り裂いて八丁林道が出来ています。
写真の左の丸太道は八丁への道です。  その横の尾根を登りました。Photo_4   Photo_13
Photo_5
尾根のいたる所で石楠花がまっさかりです。
この尾根を八丁石楠花尾根と呼びましょう。
かすかな踏跡を辿って上下をくりかえして、最後は早く降りすぎてババ谷口にでました。Photo_6                      

だれも居ないと思っていたのに管理小屋に「廃村八丁を守る会」の会長さんが滞在しています。  いろいろ教えてもらいました。Canp
一番奥まで入って設営・・・
まだ2時半ですが、ノンビリとお茶を沸かしてオシヤベリ・・・
夜半、鹿がキイッと鳴いて歓迎してくれました。Photo_9 Photo_10
5月4日(みどりの日)
6時起床  7時半出発
空身でスモモ谷を登って滝の手前から左の稜線へ・・・ここを新品谷峠と呼びましょう。Photo_15
827から曲がってトラゴシ峠まで 、ゆるくて広い尾根はブナとモミジの新緑で萌えています。
「みどりの日」を満喫しました。
トラゴシ峠に着くと今度は桜の花びらが何処からかヒラヒラ飛んできます。    このあたりは山桜がまだ咲いています。
この尾根は秋も紅葉がスバラシイでしょう!
トラゴシ峠からは下に向かって左を探せばトラバース道を見つけ出せます。     暗い植林の中をドンドン降って管理小屋の後ろに出ます。
キャンプに戻って梱包して昼食・・・
今日はババ谷道をブラブラ2時間半かかって東谷にもどりました。
廃村八丁に入る峠には何処もブナや栃の木、榛の木や楢の数百年の大木があります。Photo_14

線は八丁林道  両端でチェーンで封鎖

 お大師さま
お世話になりました   合掌

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2009年5月 7日 (木)

SIMOND special S

Simond_s シモン スペシアルS”
クロデイウス・シモン(シャモニー・モンブラン)  1955年作

50年間愛用のピッケルです。

1975年からメタルシャフトの量産品が作られるようになって、シモン家が経営から手を引きましたから、これはヴィンテージ品です。
もう使うことは無くなりましたから、これを愛する方に譲ることにしました。
大事に使ってください・・・・・

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2009年5月 5日 (火)

廃村八丁の今

5月4日は「みどりの日」
   3日、4日と廃村八丁に行きました。   五十年ぶりです。
いろいろ噂を聞いていましたから、現況報告を・・・Photo
八丁村は三百年ほど前に拓かれ、八丁川に沿って500㍍ばかりの平坦な場所に10家族ほどが一町五反の畑をもって炭焼きで暮らしておりました。  明治年間には生徒8名、教師1名の分教場がありました。
しかし冬は大雪で交通が途絶することが多く、とうとう昭和8年に全員が離村して廃村になりました。

ご覧のように戦後建てられた奥の管理小屋は壊れて手前の小屋に「廃村八丁の会」の佐野会長が只今20日間滞在中です。
右側の黄色のテントは会員の(自称)村長の住まいです。   時々2,3日泊まりに来るようです。Photo_2
管理小屋の前の広場は分教場跡で、道は八丁1号線です。
Photo_3
八丁川の流れに沿って進むと京大小屋があります。
5月2,3日に学生が10人ほどで小屋にシートを被せて補修して、内部の床も半分ほど片付けて泊まれるようにしました。
もう一つ奥の小屋もどこかの大学のものですが、昔からあった土蔵は跡形なく無くなり、廃村八丁の面影は所どころに残る石崖だけです。Photo_7
Photo_8 Photo_9
広川原行きのバスも無くなるそうですから、いよいよ車でしか入れなくなります。
山行記録は整理してから・・・Photo_10

「みどり」を満喫した2日間でした。

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2009年5月 3日 (日)

 端 午 の 節 句

5月5日は端午の節句です。Photo_2
今年は武者絵を中心に飾ってみました。

掛け軸は杉本哲郎の「みなと川」です。

5日の本番は本物の粽と柏餅を並べてほしいです・・・

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2009年5月 1日 (金)

夕陽丘漫歩Ⅱ(天王寺七坂)

Photo_26 "生玉さん”から南にしばらくで大きなお寺の角に「源聖寺坂」の看板があります。
S字に曲がっています。
看板は拡大してご覧ください。

Photo_17

南にまっすぐ突き当って左へ谷町筋に出ます。
二つ目を右へ行くと「口縄坂」です。
口縄は蛇の意ですが、曲がらずにまっすぐです。Photo_28
Photo_22

織田作之助は生玉の生まれです。

「口縄坂」から少し引き返して細い道をクネクネ曲がって”愛染さん”にでます。神社の横が「愛染坂」です。

この坂が一番平凡です。

Photo_30  Photo_33

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検索をしていると天王寺七坂が在るのを知りました。
また、改めて歩いてみます。
清水寺もよいスポットです。

Photo

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