2009年11月 3日 (火)

国土地理院近畿地方測量部

Photo 山歩きには国土地理院の地形図(主に2万5千分の1)が必携ですが、最近は里山歩きが多くて、そのたびにカシミール3D(地図ソフト)からプリント・アウトした地図を使っています。
最近の地形図は空中写真とGPS探査で修正していますから細い道は無くなって登山図としての要素は低下しています。
しかし葛城二十八経塚探査や昔の登山道を知る必要から国土地理院の本院に大正年間発行の初版図等を請求送付してもらっていましたが、検索の結果大阪でも閲覧できることを知り、谷町4丁目の合同庁舎4の10階にある近畿地方測量部を尋ねました。
Photo
成果閲覧室(お役所言葉ですネ)にパソコンが並んで自由に場所年度を選んで閲覧できますが、プリントアウトはできません。  別に請求申込みをします(有料)。
なお、現在発行の地図なら国土地理院のウォッちずで自宅のパソコンで閲覧できます。 (これもプリントアウト不能)
また大阪市立図書館の「古地図をさがす」を検索すれば中央図書館所蔵の国土地理院の旧版地形図があります。   ただし枠が狭いから拡大して細部はわかりますが、全体をつかみ難いです。

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2009年11月 1日 (日)

一 等 水 準 点

Photo_5 地下鉄谷町4丁目駅の⑤号出口(交差点東北)を出ると目の前に合同庁舎4号館があります。
正面の左の植え込みに道路より高く、一等水準点が設けられています。Photo_6
拡大してご覧ください。
山の頂上で三角点にお目にかかることは多いですが、水準点はその三角点の高さの基準として設けられていると理解しましょう。
詳しくは国土地理院のホームページの基準点から勉強しましょう。
しかし現在ではGPS機能の発達で無用な物となっていますが、日本国土の測量に歴史的な意義のあるものです。
この合同庁舎4号館の10階に国土地理院近畿地方測量部があります。 

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2009年10月30日 (金)

むろいけ園地から飯盛山ハイキング

10月29日(木)  快晴
近鉄生駒からバスで戎公園下車
堂尾池~室池~竜王水~飯盛山~野崎観音~JR野崎Photo
何時もは私市から星田園地を越えてこのコースに入りますが、半分に短縮しました。Photo_8
Photo_3 堂尾池から山道に入ります。
まだ紅葉には早いようです。    道に分岐があれば左に行きます。   右を行くと回遊道路で大回りします。  自動車道に出ればセンターを過ぎて瓢箪池から山道に
入ります。Photo_9 .

Photo_5



室池園地は山の上の湿地帯です。
あちこちにこのような板橋の通路がありますが、途中から生駒縦走路の道標に従って左です。  広い道に出ればまた左で室池の中堤に出ます。
中堤を渡らずに池の周辺から「かるがも橋」のコースを通って峠からドンドン降って下の道に出ると四条畷と反対に左に竜王水まで登ります。  ここから右へ飯盛山の山腹を登ります。Photo_6
Photo_7 飯盛山は北から展望台、小楠公像とNHK・FMのアンテナの三つのピークがあります。
ボランチヤの方が山道に石畳を敷いていますが、好意はわかりますが自然破壊とおもいます。
南には幾つもコースがありますが、”竹林コース”をくだりました。
野崎観音のなかに”お染久松”の碑があります。
ここの長い石段は膝が悲鳴をあげます。
    8.9㌔  4時間50分    手ごろなハイキングコースです。   シャツ一枚で歩くと少し暑いですが停まると快適な気温です。  月が替わると寒くなるようです。

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2009年10月13日 (火)

生駒山系最北端・交野山縦走

10月10日(土) 晴れPhoto
JR津田駅~国見山~交野山~傍示~くろんど池~私市駅

歩きやすい季節になりました。
生駒山系の最北端の交野山山系を歩きました。    ここから生駒山を越えて最南端の高井田まで「おおさか自然歩道」は60㌔です。    全縦走をやれば15時間ほどでしょうが、その気力はもうありません。

地図の青線は建設中の第2京阪です。
JR津田駅から国見池まで工業団地の中を大迂回します。
国見山(287m)は南北朝時代にこのあたりの領主の津田氏の山城のあった所です。
コースから少し入ります。Photo_8
歩きやすいハイキング・コースを白旗池をぬけて交野山(341m)の急階段を登ります。
Photo_4

Photo_5

巨岩の重なった山頂でお山の大将です。
梯子のような急階段を降ると管理道路に出るまで枝道がたくさんありますが道標に注意しましょう。
広い管理道路から細い山道になると傍示の里になって田畑があらわれます。
傍示峠からU字に曲がるとまた管理道路になって大きなゲートをぬけるとくろんど園地になって道の傍らに湿地の観察の板橋を縦横に並べたのが”八つ橋”でした。
まっすぐ”くろんど池”に行くつもりが右に曲がってしまってキャンプ場やバーベキュウ広場が出てきて気がつきました。    上の地図を見てください。   向かって左の道を下って真ん中の谷を上って大回りしました。     まっすぐなら1㌔強を3㌔以上に歩きました。。
しかしこの谷はステキです。   巨岩を登り岩壁をトラバースするのですが、岩にスタンスの足がかりを彫ってあるし、壁の下をコンクリートの階段が造られています。
このあたりの写真が無いのが残念・・・
くろんど池はアベックと小さな子供を連れた若夫婦でいっぱいです。Photo_7

帰りは西に向かって林道から先に通った渓谷にでました。
管理道路に戻って睡蓮池からは渓谷沿いになります。
月の輪滝の前後は手すりの付いた階段の連続です。
舗装路に出てから私市駅までひとがんばりです。

  16.2㌔   6時間20分
歩きやすいコースですが、3㌔ほど余分ですからよくがんばりました。

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2009年10月11日 (日)

この花はなんでしょう?

Photo わが家の雑草園で9月からまだ次々と開花します。
和泉山地から移植したものですが、高山植物でしょうか?
図鑑で調べてもハッキリ分かりませんが、ウスユキソウの1種と思います。

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2009年10月 9日 (金)

消えるか? 押川(おしこ)行者道 

Photo 根来寺から押川(おしこ)の里をぬけ、土仏峠から第五経塚の倉谷山にいたる古い行者道があります。
押川の部落までは車で入れるようになりましたが、それからは楽しい巾1㍍ほどの行者道になります。
深淵のある鴛川の対岸に新しい道路工事が始まって3年かかって昨年に3キロほどの農道が完成しました。
根来尾根から降りてくる道とあと200㍍ほどは未完のままです。  通過車両をさけるためのようです。Photo_2
農道ですが農地はこのビニールハウスだけで右側の棟が道路になりました。
永久に農作補償料がおりると持ち主は喜んでいますが・・・
この持ち主が今まで行者道を単車で走っていたのが今はこの農道を走っています。
あとは車どころか人独り通りません、
和歌山県はこんなところで無駄金を使っています。
誰のために・・・???
山歩仲間・第五章 押川から第五経塚を参照

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2009年10月 7日 (水)

地蔵谷トンネルと旗尾嶽トンネル

Photo 南海高野線の千早口駅と天野駅はこの界隈の幾つかの山の登山口です。
地図にあるように地蔵谷トンネルは7年前に、旗尾岳トンネルは5年前に完成しました。
地蔵谷トンネルは唐久谷から千早口へ、旗尾岳トンネルは千早口と天見の間を国道371号線のバイパスとしてどちらも千早口でグリーン・ロード
と結ぶのでしょう。Photo_8 Photo_5
トンネル工事は国家予算でしますから予算が付けばいち早く完成させます。
道路は自治体のものですから地元の住人との折衝やら中々予算が自由にならないから道路は未完成のままです。
上峠から唐久谷を通ってジルミ峠を経由するハイキング道は消えてしまいました。Photo_6 Photo_7
旗尾岳へ西から関電尾根を通るコースはこのように閉鎖されたままです。
新政権になって地方の土木予算はさらに窮屈になるでしょうから工事は再開されないと思います。
自然破壊だけがのこされました。

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2009年10月 5日 (月)

ど ん ど う 不 動

Photo 高井田から雁多尾畑(かりんどはた)に行く山道の途中にあります。
横尾部落の真ん中あたりになりますか、しばらく人家のとぎれたあたりです。
お堂は3坪ほどで案外広い中に直径2㍍ほどの自然石がお地蔵様です。
お堂の外の案内板に詳しい由来が書かれていますが、古くて信者も多いようです。Photo_3

お堂の左側は細い急な渓流で どんどの滝と呼ばれる滝の連続らしいですが、探検する気力はありません。(リンクでご覧ください)

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2009年10月 3日 (土)

生駒山全縦走・高安山から高井田

10月1日(木)  快晴   蒸し暑いPhoto
「おおさか環状自然歩道」の生駒山縦走路の南の端の最後の部分、高安山から高井田をあるきました。
ケーブルの高安山駅裏(南西)の小高いおかに展望台があります。
ここから出発します。
信貴山霊園の西の端の朝鮮人墓地をぬけてて展望台のある小高い丘に登ると眼下は高安山霊園です。Photo_2

恩智越えの広い林道に出て自然道は左に別れてTV中継アンテナのある小山を越えてまた高安山霊園を見下ろすところから反対側に降って自動車道に出ます。
右に行くとそのまま高井田に出ますが、左へ信貴山のどか村の方に行きます。
しばらくしてT字路を右へオカダガーデンの看板がありますが、自然歩道の標識はここが最後です。Photo_3
スゴク高いパラポラ・アンテナ塔の下を通過して花卉栽培のオカダガーデンの隣が畑大池です。
突き当ると左は雁多尾畑ですが右に曲がって横尾部落をぬけます。
一面の葡萄畑で「ぶどう狩」の旗がなびいて葡萄や栗を廉く売っていました。
土地の人から自動車道は歩く道ではないと聞かされて横尾のはずれから川沿いの道をとりました。  自動車道の鉄橋の下をぬけてしばらくして池の土手を左にとってドンドン降ると住宅地をぬけてJR高井田駅です。

Photo_4

駅の手前に高井田横穴があって史跡公園になっています。
6世紀頃の墓地で約200ほどの横穴の十数個が公開されています。

自動車道に出るとあとは全部舗装路です。
のどか村分岐からあとは全部降りですが日陰はありませんし舗装路歩きの2時間は腰に来ます。

   3時間20分   8.7㌔

Photo_5横尾の集荷所で廉いからと言われて栗を一袋300円で買いました。
葡萄をひと房くれましたから歩きながら食べました・・・・オイシカッタ
栗は600㌘余りありました。
半分はその日に栗ご飯・・・あとは次の日に焼き栗です。


  

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2009年9月29日 (火)

山 の 草 花

Photo_2 これはトラノオでしょうか・・・我が家の花壇(雑草園)に咲いています。
15年ほど前、家内が和泉高原で採取(ゴメンナサイ・・・もう時効)したのが珍しく根付いて毎年9月に咲きます。
高山植物は十に一つも根付きません。

家内はその頃山で使っていたストックを今では街で杖にしてヨタヨタ歩いています。

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2009年9月23日 (水)

剣岳頂上渋滞中

剣御前小屋の親父がカメラに双眼鏡をくっつけて写した、9月21日午前8:30の剣岳頂上の珍しい写真です。    「本日の剣岳」から移しました。Photo
上記のブログを開けてください。
このまま拡大もできます。

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2009年9月19日 (土)

孝子・高仙寺より泉南飯盛山(般若山)

9月17日(木)     孝子~高仙寺~飯盛山~みさき公園
PhotoPhoto_2
昨年末は古い反射板を取り壊して工事中でしたが、大きな反射板が東西に向き合って立っています。
どのような作用をするのでしょうか?
この工事のために十数回上り下りする尾根道が広い林道になってしまいました。
途中、一箇所に30㍍ほど古い踏跡が残っています。
Photo_3  Photo_4

飯盛山頂上はこの天気では暑いです。
早々通り過ぎて少し降ってから昼食にしました。
Photo_5 飯盛山の長い降りを終わって前山を少し登って振り返ると飯盛山が圧倒的に迫ってきます。 拡大してください。
みさき公園を見下ろす所から地元の方が禿山の緑化に取り組んでいます。
木陰に休憩のテーブルとベンチがありますから、何時もここで最後の休憩をします。
飯盛山までくると後は下るだけだと思いますが、距離にしてちょうど半分です。
スタスタ歩く人は4時間の行程ですが、翁の記録は昨年末は5時間半、今日は6Photo_6時間半です
01からのコースは陸測図には点線路がありませんが、GPSではこのように記録します。
丘陵を縫いますから標高線を辿ってもこのように曲がっているのは想像できません。

般若山は飯盛山の古名です。
生駒の飯盛山のほうが有名ですからイッソ般若山に戻したら・・・

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2009年9月13日 (日)

ニッケル水素電池・EVOLTA

Evolta デジタル・カメラとGPSで単三電池×2を使っています。
特にGPSは電池の消耗が激しいので百円ショップで12本パックを買ってきてもすぐに無くなるので、数年前から充電池式に変えました。
予備は4本常時携帯しています。

今年になってPanasonicからEVOLTAの充電式が発売されたから、使ってみると持ちも良いようです。

宣伝文句に繰り返し1200回とありますが、GPSはスイッチをいれると6~8時間使いますし、デジカメは1日に数十回シャッターをきります。
充電回数は従来の物は100回くらいと明示されていますから、なんの回数でしょうか?

つぎ足し充電(これは専門的)と謳っていますから、これは気楽・・・

物知り博士・・・教えてください!

ヘッドライトは単4ですが、単4×2は充電器に付いていましたが、ヘッドライトは中々減りません。   電池は使わずに置くと1年で2割消耗するそうです。

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2009年9月11日 (金)

恩智越え・迷送記

9月9日(水) 晴れ   秋が来ました。   立石越えで縦走路に乗り、南下して高尾山に行く予定が見事に迷送・・・Photo Photo_2

Photo_5

Photo_7

Photo_8 Photo_9 自然歩道に入ってすぐに自然歩道は立派な山道から左折して細い踏跡になって小山を越えるとまた高安霊園が見えてきたので、これは違うとひきかえしました。
三叉路で昼食にしてから勇躍南下を始めたのですが、すぐに45度を越える急坂になりました。  ヤット降りきっても尾根の急降が続きます。
これは違うと感じましたが、もう戻れません。   一応しっかりした道ですが方角は西にむかって、そのうちにGPSに恩智神社が出てきました。  これは不覚と思いながらヤット安心・・・    恩智惣池にでました。
Photo_10

恩智越えは広い林道が緩やかなカーブをきりながらゆっくり登りますから、昔から信貴山詣でに使われていました。
今日、間違って降ったコースは面白い登山道です。
帰ってから「おおさか環状自然歩道・生駒縦走路」を引っ張り出して納得しました。
また改めて歩きなおします。

山の中は22℃ですが、日向(ひなた)に出るとまだ暑い・・・
街は29℃でした。

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2009年8月27日 (木)

ボー谷・砥石谷から学文峰

Photo 8月25日(火) 晴れ時曇り
1ヶ月ぶりです。 山の中は25℃前後だろうと出かけました。
天見の駅からボー谷に抜ける部落の石垣に笹百合が10ヶほど咲いています。
山の中は登山者が採ってしまいますから、案外こうゆうとこが安全です。
ボー谷からダイトレに乗り第十七番経塚にお参りして砥石谷をくだりました。Photo_9 Photo_10
  砥石谷の降りで関電の下草刈りの2名の方に出会いました。
流谷の第十六経塚を訪ねてから近道を通って尾根に乗っかり下峠に出ます。
ここが温度は一番低くて23℃でした。Photo_4

学文峰に向かう途中で尾根と交差する高圧線の下を約50㍍にわたって潅木を伐採している関電の5名に会いました。 上空への見通しをよくするためですが、一帯がとても明るくなってしまいました。
このルートは河内長野テクルートの標識を改修して防火林の標識を数箇所に立てた河内長野市によって山の標識もマークも完全に撤去されました。  ハイキングの方は歩けませんヨ・・・・
学文峰の頂上も三角点のほかは何もありませんから、マークを一つ付けました。
ジルミ峠から下界に降りると32℃の炎天下の歩きが待ち構えていました。Photo_5

  9.3㌔   6時間

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2009年7月26日 (日)

 生駒山系計温記

Photo 7月24日(金) 曇り時々晴れ
生駒山は真夏でも登れるか試してみました。
額田駅~(摂河泉コース)~生駒山頂南口~暗峠~(神津嶽コース)~枚岡駅
額田駅 7:00 28℃   尾根に出ると涼風が吹いて24℃  山頂から暗峠は陽ざしをあびて30℃  そのあとはそのまま
”らくらく登山道”の舗装路は34℃Photo_2
それからは日陰でも30℃    登りも降りも98%日陰ですが、昼前から28℃~30℃です。
平日でもフウフウ言いながらたくさん登ってきます。
 結論  年寄りには非常にシンドイです。
13.9㌔  5時間30分     飲み物 1.35㍑

30℃以上では歩かない方が・・・

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2009年7月22日 (水)

投稿 「迷いの記」

山歩仲間Ⅱ「犬鳴山Photo」 にコメントがありました。
犬鳴山の経塚権現山~大天井ヶ岳~大タワの間の道標・マークが一切撤去されてから数年になりますが、やはり一般の方には無理なコースのようです。
これが天狗山分岐にある道標ですが、これから後はありません。
この道標を立てた以上、少なくとも大天井ヶ岳まで導く責任を感じてもらいたいと思います。
降った地点がわかりませんから、迷走の推定もできません。
山歩仲間「犬鳴山」も参考に・・・

本日行って帰ってきました。お寺から、表行者道をあがり、高城山、五本松から、大タワ経由で大天井が岳で、天狗山経由で帰ろうと思っていたのですが、天狗山にたどり着けず、裏行者でもない林業の人が使っているような、道のような道でないようなところに出てしまい、降りるのに苦労しました。
このサイトを先に見てたら間違わなかったのに残念です。

今から地図をみてもう一回検証してみます!

投稿: | 2009/07/19 17:01

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2009年7月18日 (土)

岩瀬経塚山北尾根取り付きより旗尾嶽稜線を・・

Photo 同じ話題でゴメンナサイ!
岩瀬経塚山北尾根は降れそうなので、並行して降る才ノ神林道から偵察しました。
北尾根の末端に関電鉄塔が立って山腹にハッキリと関電道がジグザグに付いてあるので取り付き点は決定・・・
植林を抜けて鉄塔まで登ると高圧電線が
旗尾嶽稜線へ力強く這い上がっています。
Photo_3
経塚山を経由してこの稜線の鉄塔から見下ろしました。
位置関係を説明します。  北に向いています。  右側の鉄塔は旗尾嶽を登り東に向かっている線です。   それと直角に交差して向かいの田山を越えているのが左の鉄塔です。
二つとも北尾根より向こうの才ノ神 林道よりまだ北に立っているはずです。
高圧線はグーンと地に吸い込まれるようにさがっていますから、北尾根の鉄塔は見えないことになります。
下からは上の鉄塔が見えるのに不思議です。

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2009年7月16日 (木)

旗尾嶽から学文峰展望

Photo_2 最近、学文峰頂上の東面が伐採されて旗尾嶽(天見富士)の東尾根が真正面に見えるようになりました。
下の金剛開閉所から高圧線の鉄塔が尾根をまっすぐ駆け上がっています。
5,6年前から麓で自動車道のトンネル工事で登山道が壊されたため、ここしばらくは旗尾嶽には天見駅裏から登っていましたが、学文峰を遠望したことが無いので、この主尾根を降ってみました。Photo_3

残念ながら旗尾嶽頂上東の第6鉄塔からしか遠望はできません。  あとは樹林に阻まれます。
また学文峰そのものも北側はきつい傾斜なのに観る方角によるのか平たくしか見えずガッカリです。
まして登山道は第5鉄塔を過ぎてから登山禁止の案内を出しぱなっしで第4鉄塔の手前から沢に下る踏跡が消えかけてトンネル口まで往生しました。
河内長野市役所さんへ・・・
登山道をつぶしてトンエルさえ出来れば道路もつくらずに平気なのですか?
業者のための公共工事と思います。

写真は拡大を・・・

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2009年7月14日 (火)

旗尾嶽・迷の記(まよいのき)

7月13日(月) 晴れ時曇り
耐暑登山ですが、暑くならない間にと千早口駅を7:10に出発して20分あまりで才ノ神林道に入りましたから、ここからは日陰ばかりです。
尾根に上がると素晴らしい風で(実は強風警報)涼しさを満喫しました。(大阪は34℃を越しました)
が・・・・・・Photo

林道の途中から経塚山北尾根に取り付き第十八番経塚にお参りしてから府庁山・旗尾岳の稜線に出ました。
今日は何時もと違ってが逆送です。
涼風に吹かれてよい気分でスタコラあるいていましたが、フト気づきました。
”こんなに長い直線の降りは無いぞ?”   よく下を樹林の間から観察すると、はるか下に沢が見えます。
サッサと引き返しましたが、傾斜の緩くなった所に3㌢四方の頭の赤い境界杭があります。    座り込んで地図をひろげGPSをよく観察しました。   南西に向かっていました。    GPSは200で使っていますが、300にひろげると北西々に旗尾岳が出てきましたからルートロストは完全です。   トコトン戻ろうと気を引き締めて歩き出すとも見覚えのあるしっかりした踏跡のある尾根道に出ました。Photo_3
地図の右下です。  境界杭がもう一本と赤いテープが一つありましたから、バリエーションルートかも・・・
丈の低い照葉樹林の何処でも歩けるルートですが、ウッカリ間違った悔いと引き返した勇気とを考えましたが、引き返すのは当たり前です。
しばらく行くと道の真ん中に蝮がトグロを巻いています。   投げる物は小枝しかないので5,6本投げたでしょうか・・・
なかなか動いてくれないので、こちらが迂回しました。    500㍍を越す尾根に何故蝮がおるのでしょうか?

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2009年7月 3日 (金)

上町台地と河内湖 Ⅱ

Photo_7 この図の方が分かり易いと取り上げました。
青線の縄文時代は日本の歴史以前ですが枚方近くまでの河内湾で、線の古墳時代になると難波宮が出現したころになります。
仁徳天皇は今の大川を掘削したようです。
河内湖が完全に干上がったのはタッタ300年前に大和川の付け替え工事で大和川の水が入って来なくなってからです。
上町台地の西側には福島・江之子島・四貫島や御幣島等の地名がのこっているように八十ほどの島が点在してました。
これが大八州(おおやしま)の構想につながります。
 

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2009年6月30日 (火)

道標とマーク

Photo_15 これは高野線の千早口から唐久谷へのハイキング・コースのジルミ峠の道標です。
この峠の下を地蔵トンネルが開通したため学文峰に登る人だけがここから取り付きます。
これは河内長野市が設置したものですが、道標には行き先があっても現在地が表示してない物が案外多いです。Photo_16
以前は右図のように峠名が結び付けられていましたが、写真では分かりませんが、金属枠が補修された機会に取り外されたようです。
さて、下峠と学文峰には古くから板の道標がぶらさがり、途中は東側の関電の開閉所に高圧線が集中している関係で関電道とたびたび交差します。
そのためPhoto_2この間はテープが重要なのですが、道標ともどもテープが一切外されています。

そのかわりに「防火保全林」の新しい看板が2ヶ所に設置されています。
これを立てるときに撤去したのでしょうか?
河内長野市のしたことですが・・・

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2009年6月28日 (日)

井関の峰から学文峰

6月26日(金)  晴れたり曇ったり    暑いのを覚悟で歩きましたが、500㍍の稜線は意外に冷風Photoにめぐまれました。

Photo_6

Photo_7Photo_8

稲荷から稜線までと叶山と井関の峰までは急登を何度か繰り返します。
此処を過ぎると植林帯から明るい照葉樹林帯に変わります。
6ケ月前に来た時このあたりでルートを間違えたので今回は注意深く歩きました。
90度左折の所でまっすぐ獣道に入ったようです。  この辺の獣はイノブタです。      マークが欲しい所です。Photo_9


下峠を示す木の標識とマークが幾つかあるのに全部はづされています。
なんだか間が抜けた感じで、上峠から来たときは左のトラバース道は気づきますが、上から降りてくると通りすぎそうです。

Photo_10 Photo_11

Photo_12Photo_13括りつけられていたジルミ峠の看板が外されています。
山の遠望は拡大してください。Photo_14 

叶山でGPSが途切れているのは電池切れです。

 4.2㌔  4時間半 の半日コースですが、最後の千早口までの20分は炎天下で苦しいです。

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2009年6月25日 (木)

焼肉の鶴橋

Photo 昼間でも鶴橋のホームに出ると焼肉の匂いがします。
近鉄の西の改札を出ると狭い構内ですが、東は食品・物販街で西に出ると百㍍四方ほどの一角に焼肉店が無数にひしめいています。
昼過ぎでも半数は開店してますから、暗くなるとスゴイでしょう!

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2009年6月20日 (土)

上町台地と河内潟

Photo この頃、大昔の大阪の話から上町台地がよく出てきますから、毎日新聞に掲載されたこの図をお借りします。
土地の隆起も多少あったでしょうが、河内湾は淀川と大和川が運んでくる土砂によって次第に埋められたようです。
一番下の図が神話の世界から抜け出した仁徳天皇の難波宮の時代と思われます。
昔の大阪は上町台地で成り立っていたと言ってもよいでしょう。
仁徳天皇は大川を開通させたようです。
その後、河内の水を流そうと和気清麻呂が天王寺で掘削工事に取りかかって失敗したのが茶臼山として語られています。
織豊時代から江戸初期の大阪の海岸線は今の四ツ橋筋あたりではなかったでしょうか?
湿地の中を長堀・道頓堀・横堀が整備されて水の都ができました。
梅田も干拓されました。
大和川が付け替え工事で今の姿になったのは1703年です。
それで河内湖も干上がって河内平野になりました。
野崎参りも八軒屋浜から水路を通って野崎観音の前の大きな池に達しました。

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2009年6月19日 (金)

生駒山縦走・客坊谷のこと

6月17日(水) 天気が安定しましたから半月ぶりの山歩きですPhoto Photo_2 Photo_3
Photo_8

Photo_7Photo_12

Photo_9 Photo_10 Photo_18


Photo_19

客坊谷は大原山東端から瓢箪山駅までまっすぐ降ります。
管理道路を過ぎるとほとんどが階段でコンクリートで固めてあります。
雨が降ると登山道は川になるのでしょう。  コンクリートは丸出しでヒドイのは落差が1㍍あります。
サイドにバイパスができている所はまだなんとかなりますが、1㌔にわたるハードル越えの障害コースです。
「らくらく登山道」の下を潜ると谷に出て普通の踏跡になります。
住宅地に出る前に山畑古墳群と歴史博物館があります。Photo_20



Photo_14

Photo_17    11.3㌔ 6時間15分

瓢箪山駅に出てアイスクリームが食べたくなりましたが立派な商店街なのにコンビニがありません。

駅の改札でフト見上げると天井が立派なのに感心しました。

Photo_22

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2009年6月17日 (水)

大阪市内の熊野王子(南部)

Photo_8 これまで三軒家浜を出発して阿部王子まで来ましたから、今回は万代池からです。
今回は自転車です。

池から、また上町線の軌道に出て電車が土手に登りますから、左横を走ります。
南海高野線の踏切をわたると旧街道らしくウネ々々とします。Photo_9

Y字路になります。
右は住吉大社の北側を通る坂道です。
左の道を行きます。  住之江味噌の老舗池田屋があります。
細井川を渡った所に10㌔の里程柱があります。Photo_10

すぐ長居公園通をわたると、このあたりから地面に埋め込んだ「熊野かいどう」銘板や里程柱が次々と出てきます。
旧街道らしく寺院が十軒ほどあります。
商店の少ないおりおの商店街を過ぎると左の墨江小学校の塀に「津守廃寺跡」の銘板が埋め込まれていますが、このあたりに6番目になる津守王子がありました。Photo_11

もう一走りすると右に農神社があって、左の小学校の角に最後の銘板が立っています。
あと100㍍で大和川の堤防に出ます。
道は右へ遠里小野橋の方へ行ってますが、往年は大和川はありませんから、ここからまっすぐに堺王子に向かったのでしょう。

大阪市内の熊野街道はここまでです。

Photo_14



三軒家から大和川まで、まとめて「浪花漫歩」に掲載します。

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2009年6月16日 (火)

熊野街道と京道

  • 2 前回の熊野王子の章で南北東西で方向を示しましたから、略図を添えます。
    座摩社は窪津王子、朝日は南大江公園の坂口王子です。
    西中は郡戸王子跡ですが、高津宮に合祀されていますから、もっと西ではないでしょうか?
    生国魂神社の北門の”京道”の道標にふれましたが、歩いてみました。
    赤線は熊野街道、Photoは京道です。

    御祓筋を榎木大明神に突き当って階段をくだります。
    長堀通を信号で渡って南進です。
    このあたりは大正・明治時代の長屋がたくさん残っています。
    アーケードの空堀商店街をぬけて斜めに坂をあがると風景が一変します。   五つの小学校が合併した大きな中央小学校と公園と新しいマンションだけになります。
    突き当りを少し東にずれると高津宮の森が目の前です。Photo_2Photo_4
  • 高津宮の北階段を登って裏から入ります。
    ここはミナミを見下ろす展望台でしたが、もうマンションでふさがれてしまいました。
    歩いてきた道がそのまま坂になって真言坂なのですが、大きな千日前通で塞がれてしまいました。Photo_5
    白いビルの右の隙間に真言坂があります。
    ここからは下寺町の陸橋を渡るほうが早いです。
    道標に天保十五年と刻まれています。
    生玉さんの石段にそって京道は延びていますが、お参りに入りましょPhoto_7う。

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2009年6月14日 (日)

大阪市内の熊野王子(北部)

熊野九十九王子は大阪市内に6ケ所ありましたが、現存するのは阿倍野王子社だけです。
北半分を歩きました。Photo_2 Photo_3

Photo_4

八軒家浜の船着場のことは以前に書きましたから、早速出発します。
土佐堀通を西に向かいます。  すぐの道は昔の船着場の階段がありますが、次の信号です。   御祓筋です。
角に「熊野かいどう」の銘板がありますから、これが熊野街道の始発点です。
もう一つ西に進んで左に曲がると、座摩神社行宮があります。
ここに第一王子「窪津王子」跡です。
正面前に神功皇后のお座りになった大きな石があります。   窪津王子の祭神(熊野権現)は天王寺の堀越神社に合祀されています。Photo_5

御祓筋にもどって坂を登ります。    大昔の大阪は上町台地だけでしたから、南と東に向かうのは皆んな坂です。   しばらく行くと西側の中大江公園の前に「熊野街道」里程柱(三軒家から0.5㌔)が立っています。
そのまま進んで本町通、中央大通を渡ると南大江公園があります。     中に入ると西の隅に狸坂大明神が祀られています。Photo_6

坂口王子跡(第二番)の朝日神明社が在ったところです。
このあたりで「歴史の道」の案内板をよく見かけました。  難波の宮Photo_7跡等を案内しています。
道は突き当りのようになって正面に榎木の大木があって榎木大明神が祀ってあります。
この木を切ろうとすると必ず事故が起こりので、そのままにしてあるそうです。 急な石段が長堀通に降っています。     この手前から左(東)に曲がって谷町筋を渡り次の筋を南に向かって長堀通を越します。
長堀通の北と南(ファミリーマートの横)に里程柱(1.8㌔)があります。     このあたりはベアリング等の金属卸と印刷屋さんが多くて道端に小型のフォークリフトがあちこちで停まっています。   明治・大正時代の商家の構えがビルの間に残り、豪農の面影のある農家もありました。Photo_9
空堀商店街に突き当って一つ東にずれて坂道を降ると左が上町小学校で里程柱(2,2㌔)がありますが、ここが郡戸(こうと)王子跡と言われています。   今は高津宮に合祀されていますが、疑念があります。
ここからますっぐ四天王寺に突き当りますが、本日はこれまでとして適当に歩いてPhoto_12谷町九丁目に出て生玉さんに行きました。
3,4日まえの毎日新聞夕刊に天王寺七坂が取り上げられて最初は真言坂です。
そこに真言坂を登り切ると京道の標識があるとありましたから、それを見に行きました。
今は途切れましたが、昔は高津宮から南にまっすぐ登って生玉さんの北門に達しています。
門の北西の角に東を向いて立っています。
どこから始まっているのか、生玉さんの前を通り塀に沿って西に向いた京街道がここで又右折して三軒家に向かうのです。    少し前に郡戸王子跡で疑念を感じましたが、熊野街道は榎木明神から東に迂回してますが、まっすぐ南下すれば高津宮の東横に来ます。
また第四番目の上野王子は上宮高校の近くにあって今は愛染さんの横の大江神社に合祀されていますが、生玉さんの前から南に降って、今と違って昔の道は曲がりくねって進みますから、少し東に寄りながら四天王寺の乾門に達するのが自然のように思います。
京道の京の中に点がうってあります?

熊野街道と九十九王子」をご覧ください。

    

 

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2009年6月12日 (金)

新連載「浪花漫歩」

Photo 新しいブログ「浪花漫歩」をはじめました。

高い山を歩けなくなった代わりに近在を散策することが増えました。

その中から、まとまったものを折に触れ連載します。

「大阪渡船めぐり」やら「天王寺七坂」などをとりあげました。

どうか”お気に入り”に加えてご批判ください。

http://piadoujinkai.cocolog-nifty.com/blog

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2009年6月 5日 (金)

ヒエ谷右俣遡行

Photo 6月2日(火)  晴れ 爽やか
南海高野線紀見峠駅から岩湧山コースの踏切を渡ると、すぐヒエ谷の入り口です。
昔はここから三石山に登ったものですが、このように高山林道の方にコースを誘導して「倒木危険・立ち入り禁止」のノーチスを付けてからは一般の方は入らなくなりました。Photo_4

右俣の林道は落ち葉が積もって下がコンクリートの感じがありません。
しばらく行くと林道終点の標柱にこんなものが取り付けてあります。
級別は人によってちがいますが、少なくとも一般者のハイキングコースではありません。 
滝の手前のブッシュを刈り取るつもりでしたが流れの中にコースが出来てしまっているのでそれに従いました。
5㍍ほどの滝の右側のスラブをトラバースするのですが、上部にザイルが渡してありますが最後の1㍍が無くてバランス感覚が低下いている翁には最後のワンステップが中々踏み出せません。Photo_5

中ほどから完全に水深5㌢ほどの渓流歩きになります。
一時行く手を阻んでいた倒木も流されたのかほぼなくなりました。
最後の二股の手前に左岸(右手)にしっかりした踏跡があって上に上がってゆきます。
関電尾根に上がって高山林道に出るのでしょう。  今迄気づきませんでした。Photo_6
この谷の終点はこのような湿地帯になっています。
最後は5㍍ほどの崖をあがって高山林道のコンクリート道に寝っ転がりました。
このコースは何故か始めから終わりまで不安が付きまとう小さな渓谷です。
林道の反対側は大谷コースの出口です。
ブッシュで埋まっていたのが綺麗に刈り取られています。    降り一方でカラ滝から根古谷林道をフラフラ歩いてもとの紀見峠駅です。    9.2㌔   4時間40分
ホームのベンチで冷製サッポロを飲みました。   乾いた咽喉には旨いです。   泡が立たなくても缶のままでは判かりません。
     

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2009年5月27日 (水)

法隆寺から矢田丘陵縦断

Photo
5月25日(月)  午前中曇りで肌寒し
足湯に浸かりたくて、このコースを歩きました。
8時40分の法隆寺にはまだ観光客の姿はありません。Photo_3


Photo_5 Photo_6 

松尾山を越えると整備されたプロムナードの散策です。
展望台まで2時間20分・・・Photo_7 Photo_8

Photo_9 Photo_10

.

コースは峠の50㍍ほど下に出ますので峠まで上がって見ました。
ここは酷道308号線です。    ときおり地元の車が通りますが”昔”の時間が存在してました。Photo_11

西に下って待望の"足湯”です。
車で通りかかった人が次々と寄りますが、10分か20分で引き上げます。
定員が15名ですから、2時を過ぎると満員になることがあるようです。
30分浸かって南生駒までの急坂を歩きましたが、脚は軽くなっていました。
此処から下は新しく開発された住宅地ですが何処を通るのがベストなのか分かりません。
バイパスが出来て旧308号線はしばらく無くなっています。Photo_12

この図は2万5千相当     上の図は5万(拡大して)
11.34㌔   4時間40分

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2009年5月25日 (月)

大 阪 五 山

大阪市内に山があるか探してみました・・・Photo_2 Photo_3

Photo_4 一年中賑わっている海遊館の東隣りに天保山公園があります。    安治川べりの天保山渡船の方に明治天皇行幸記念塔が建っています。   その足元に国土地理院の地形図に記載されている「日本一低い山」天保山(4.53㍍)の二等三角点があります。
18世紀に安治川の浚渫により盛り土がされて出来たものです。  西側の頂上のほうが少し高いようです。Photo_5 Photo_6

天保山からずっと南にくだって大正区役所の南側に昭和山(33㍍)があります。
1970年ごろ地下鉄工事の残土を盛り上げた築山で千島公園として整備されツツジと蘇鉄の多い立派な緑陰です。
海抜0㍍地帯ですから高さ33㍍は立派なものです。
大阪市内の最高峰です。Photo_7

次は東に進んで生野区役所の東側に御勝山古墳(約22㍍)があります。
前方後円墳ですが南側の前方部分は削られて勝山通りになっています。
岡山と呼んでいたのが大阪夏の陣で徳川秀忠が陣を引き勝利を得たので御勝山になったようです。  大阪市史跡です。
Photo_8 Photo_12

今度は天王寺公園内の茶臼山(約25㍍)です。
美術館の裏の北側になります。
古墳と思われていましたが調査の結果は埋蔵物は無く8世紀に和気清麻呂が河内から排水のため壕を掘った際の盛り土と言う故事があります。   河底池はそのとき出来たものです。
古い話です。Photo_11
最後は南にくだって帝塚山(約22㍍)です。
このあたりには古墳がいくつかありましたが、明治天皇が陸軍大演習の際この頂上から観戦したため史跡に指定されてこれだけが残っています。
前方後円墳ですが、入れないからよくわかりません。
南海高野線帝塚山駅の西へ百㍍です。

これで残念ながら大阪市内には自然の山はありません。
五世紀の頃は上町台地の麓はまだ海で東の河内潟に挟まれた半島だったことが分かります。      御堂筋あたりが海岸線のようです。
江戸末期の浪花展望図には天保山は画かれています。

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2009年5月20日 (水)

大阪市内の「熊野街道」と「九十九王子」(阿部王子)

Photo 平安時代から始まった「熊野詣で」は京都を出た三十石船は淀川を降り大川の八軒家浜に着きました。
京阪電車天満橋ビルの南側の永田屋昆布店の店先にその跡があります。
北側の大川縁は今は水上バスが発着しています。
ここを出発して熊野まで遥拝所と休憩をかねた「九十九王子」があります。Photo_2
大阪市内には六ヶ所ありましたが、現存するのは「阿部王子」だけです。
此処から少し西に寄った座摩神社御旅所が第一王子の「窪津王子」跡と言われています。
今の谷町筋から西へ一本寄った道が熊野街道ですが、昔はウネウネしてたようです。
少し南下して榎木大明神が「坂口王子」で「郡戸王子」は高津宮に「上野王子」は愛染堂の隣の大江神社に合祀されていますから中寺町から生国魂神社の前を通ってまっすぐ南に降り最後は四天王寺に寄ります。Photo_3
参道を阿倍野に出て阿倍野筋を降ると南海上町線と別れてすぐに斜め右に旧道がわかれます。
小さな郵便局があってそこに「熊野かいどう」の石碑があります。  八軒屋浜からここまで点々とこの石碑が在るはずです。
阿部清明神社を過ぎすぐに阿部王子神社があります。Photo_4 Photo_5

境内には樹齢500年を越す楠の大木が亭々と茂っています。
このお社の古さをあらわしています。
しばらくしてまた上町線の軌道と重なって姫松を越すとすぐに左に小道がわかれます。Photo_6 Photo_7

「熊野かいどう」の石碑があって帝塚山の高級マンションの間をぬけると万代池に出て熊野街道のレリーフが立っています。
熊野古道歩きをする方も軌道を真っ直ぐ行ってここに古い街道があるのを知らないようです。
池の傍を過ぎるとまた軌道になって次の停留場から右の旧道に入って住吉神社の裏に出ます。
ここからは住吉神社の前の住吉街道を行くようです。
墨江小学校のあたりに「津守王子」があったようです。
このあと堺市内に入ると「王子跡」ははっきりしてきます。
”何処で大和川を越えるか?”   だって・・・
昔々は大和川は河内を北上してこのあたりは流れていません。Photo_8    

続きを読む "大阪市内の「熊野街道」と「九十九王子」(阿部王子)"

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2009年5月18日 (月)

大阪の渡船めぐり Ⅱ

Photo_17 このあたりは貨物駅だけの殺伐としたところでしたが、USJが出来て公園都市のようになってきました。
桜島駅とUSJ駅の間は立派なホテルやマンションの前の快適な道路を走って線路を跨いでから安治川口駅を過ぎると43号線に突き当ります。 右に100㍍ばかりで高架をくぐって川沿いを行くと安治川トンネルに出ます。Photo_18
Photo 
エレベーターで人も自転車も下に降って川底のトンネルを渡ってからエレベーターであがります。
西区になりますが、南にまっすぐ降れば九条商店街です。Photo_20

Photo_21 地下鉄九条駅から南は商店街は広くなります。
角のマックで休憩してルンルン気分になったのが間違いのもと・・・・・
千代崎橋での右折を忘れて北堀江まで行ってしまいました。    大回りして大阪ドームが見えたときはホットしました。
大正橋から南下・・・
大正区役所の裏の昭和山に登ります。Photo_22 Photo_23 Photo_24

落合下渡しを見落として千本松大橋が見えてきたのであわてて引き返しました。
沖縄料理で昼飯とおもいましたが、まったく工場地帯で飯屋なんかありません。Photo_25

千本松渡しで本日の行程はおしまい・・・
南津守に出てコーナンで虎テープを買って帰りました。
また行くつもりです。
今度はコースを間違えません。Photo_26

<続き>に大阪市発行の「渡船マップ」を載せます

続きを読む "大阪の渡船めぐり Ⅱ"

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2009年5月17日 (日)

大阪の渡船巡り by cycle Ⅰ

5月15日(金) 久しぶりに曇って肌寒いPhoto
大阪市営の渡船がまだ8ヶ所残っています。  安治川トンネルを合わせて自転車で巡回しました。 20年ぶりで、北半分は随分変わっています。
一番南の木津川渡から船町、千歳、甚兵衛から天保山に登頂してから対岸に渡り、西九条の下の安治川トンネルから大阪ドームを経て大正の昭和山を登頂、落合上、落合下から千本松渡で終わりです。
途中でコースを2回まちがえて36㌔で6時間ですが、実際は33㌔ほどでしょう。Photo_2
Photo_3

すぐ横を新木津川大橋が通っていますが、末端がループになっていますから自転車は危険です。    木津川から船町一帯は巨大な工場ばかりですから、渡船に人が何処からくるのか不思議です。
Photo_4

Photo_5







Photo_6 Photo_7

千歳渡しで8:00の通学時間になって、40人ほどを詰め込みます。
全員自転車ですから大変です。
2隻でピストンします。
千歳渡しから甚兵渡しに向かうあたりは昔は護岸が風に吹かれていたのに今は巨大なマンションが立ち並んだ住宅街になっています。
甚兵衛渡しから北上して中央大通りを地下鉄大阪港駅まで走って天保山です。Photo_13

Photo_8

                  天保山公園の教育塔の横に日本一低い山(4.53㍍)の二等三角点があります。
日本地理院の2万5千の地図に載っています。Photo_14
Photo_15 天保山渡船には外人が乗っています。
USJに通勤しているようです。
一度曇りましたがすぐに晴れてきました。                                                       

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2009年5月16日 (土)

天王寺七坂を歩く Ⅳ

Photo_19 Photo_20










Photo_21
安居神社から南に出ると国道25号線に出ますが、逢坂と言う面影は感じられません。
一心寺が今回の終点です。Photo_22  右前方に一心寺の納骨堂が光っています。
Photo_23 5






真言坂を登り、源聖寺坂を降り、口縄坂は登り、愛染坂は降り、清水坂は登り、天神坂は降って逢坂が登りです。
ユックリ3時間あれば回れます。

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2009年5月15日 (金)

天王寺七坂を歩く Ⅲ

清水坂(きよみずさか)を上がってから清水寺、天神坂に安居神社を一筆書きで回れません。    略図で位置関係を考えてください。   清水寺は裏の墓地からも入れますが、先に天神坂を降りました。2
紺線が坂
赤線が道順

Photo_10 Photo_11




Photo_12 Photo_13



Photo_14 Photo_15

地下水脈の多いところですから、崖の地盤が軟弱で崖上の建物は傾いて全部建て直しています。
京都の清水寺の移し変えです。

Photo_16

Photo_17 Photo_18


西門(正門)から天神坂に戻って安居神社の北階段を登ります。

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2009年5月14日 (木)

天王寺七坂を歩く Ⅱ

口縄坂を上がって適当に南に向かってジグザグして勝鬘院の東横を立派な多宝塔と金堂を眺めながら愛染坂の通りに出ます。
狭い勝鬘院と大江神社、その隣が愛染坂のおりくちです。 Photo_2 Photo_3
金堂の裏に廻って多宝塔を見上げると、その重々しさに圧倒されます。Photo_4
Photo_5 Photo_6

Photo_7Photo_8
愛染坂を下って道標にしたがって左に曲がると清水坂(きよみずさか)の下にでます。

Photo_9
綺麗に整備されて自転車のスロープも付いてます。
右の崖の上は清水寺の墓地ですが、上がってから道順を紹介します。

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2009年5月13日 (水)

天王寺七坂を歩く Ⅰ

先日、生玉さんや愛染さんを訪ねた時に”天王寺七坂”を知りました。Photo_22 Photo_21
北から順番でまず千日前通りの松屋町交差点から少し東に登った目立たないスロープです。
昔はここに真言宗のお寺が六つ在ったのでこの名がつきました。
奥に生玉さんの赤い北門が見えます。Photo_9
Photo_6 生玉さんの裏から入ったことになります。
十二支社が並びますが、奥の浄瑠璃神社が一番お参りが多いです。
東の大鳥居にぬけて南に向かいます。



Photo_7

Photo_10

この源聖寺坂が曲がりくねって古い石段ですから一番歩き応えがあります。Photo_11

Photo_12松屋町筋にはお寺が並びます。
学園坂に出ますが、これは新しい坂で番外です。 Photo_14
Photo_15 Photo_16 

Photo_17 口縄は蛇の意です。
まっすぐですがウネリながら登ってゆきます。
東西の坂は途中で下寺町と夕陽丘町にわかれます。
口縄坂からジグザグのコースをとって愛染堂の立派な多宝塔と金堂を右手に眺めて愛染さんと大江神社の横から愛染坂を降ります。Photo_18

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2009年5月 8日 (金)

萌える廃村八丁

5月3日(日)憲法記念日  高曇り
同行二人   弘法大師はテント・食料を全部持って二十数㌔、翁は個人装備だけで7㌔・・・
周山から小塩を抜け東谷をドンジリまで入りました。
立命館小屋は台座だけになっています。  その前に駐車・・・        
Photo_11 谷から急登して小1時間で卒塔婆峠です。     昔々この地方は此処で風葬をしていたのでこの名があります。    オット大変、尾根を切り裂いて八丁林道が出来ています。
写真の左の丸太道は八丁への道です。  その横の尾根を登りました。Photo_4   Photo_13
Photo_5
尾根のいたる所で石楠花がまっさかりです。
この尾根を八丁石楠花尾根と呼びましょう。
かすかな踏跡を辿って上下をくりかえして、最後は早く降りすぎてババ谷口にでました。Photo_6                      

だれも居ないと思っていたのに管理小屋に「廃村八丁を守る会」の会長さんが滞在しています。  いろいろ教えてもらいました。Canp
一番奥まで入って設営・・・
まだ2時半ですが、ノンビリとお茶を沸かしてオシヤベリ・・・
夜半、鹿がキイッと鳴いて歓迎してくれました。Photo_9 Photo_10
5月4日(みどりの日)
6時起床  7時半出発
空身でスモモ谷を登って滝の手前から左の稜線へ・・・ここを新品谷峠と呼びましょう。Photo_15
827から曲がってトラゴシ峠まで 、ゆるくて広い尾根はブナとモミジの新緑で萌えています。
「みどりの日」を満喫しました。
トラゴシ峠に着くと今度は桜の花びらが何処からかヒラヒラ飛んできます。    このあたりは山桜がまだ咲いています。
この尾根は秋も紅葉がスバラシイでしょう!
トラゴシ峠からは下に向かって左を探せばトラバース道を見つけ出せます。     暗い植林の中をドンドン降って管理小屋の後ろに出ます。
キャンプに戻って梱包して昼食・・・
今日はババ谷道をブラブラ2時間半かかって東谷にもどりました。
廃村八丁に入る峠には何処もブナや栃の木、榛の木や楢の数百年の大木があります。Photo_14

線は八丁林道  両端でチェーンで封鎖

 お大師さま
お世話になりました   合掌

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2009年5月 7日 (木)

SIMOND special S

Simond_s シモン スペシアルS”
クロデイウス・シモン(シャモニー・モンブラン)  1955年作

50年間愛用のピッケルです。

1975年からメタルシャフトの量産品が作られるようになって、シモン家が経営から手を引きましたから、これはヴィンテージ品です。
もう使うことは無くなりましたから、これを愛する方に譲ることにしました。
大事に使ってください・・・・・

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2009年5月 5日 (火)

廃村八丁の今

5月4日は「みどりの日」
   3日、4日と廃村八丁に行きました。   五十年ぶりです。
いろいろ噂を聞いていましたから、現況報告を・・・Photo
八丁村は三百年ほど前に拓かれ、八丁川に沿って500㍍ばかりの平坦な場所に10家族ほどが一町五反の畑をもって炭焼きで暮らしておりました。  明治年間には生徒8名、教師1名の分教場がありました。
しかし冬は大雪で交通が途絶することが多く、とうとう昭和8年に全員が離村して廃村になりました。

ご覧のように戦後建てられた奥の管理小屋は壊れて手前の小屋に「廃村八丁の会」の佐野会長が只今20日間滞在中です。
右側の黄色のテントは会員の(自称)村長の住まいです。   時々2,3日泊まりに来るようです。Photo_2
管理小屋の前の広場は分教場跡で、道は八丁1号線です。
Photo_3
八丁川の流れに沿って進むと京大小屋があります。
5月2,3日に学生が10人ほどで小屋にシートを被せて補修して、内部の床も半分ほど片付けて泊まれるようにしました。
もう一つ奥の小屋もどこかの大学のものですが、昔からあった土蔵は跡形なく無くなり、廃村八丁の面影は所どころに残る石崖だけです。Photo_7
Photo_8 Photo_9
広川原行きのバスも無くなるそうですから、いよいよ車でしか入れなくなります。
山行記録は整理してから・・・Photo_10

「みどり」を満喫した2日間でした。

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2009年5月 1日 (金)

夕陽丘漫歩Ⅱ(天王寺七坂)

Photo_26 "生玉さん”から南にしばらくで大きなお寺の角に「源聖寺坂」の看板があります。
S字に曲がっています。
看板は拡大してご覧ください。

Photo_17

南にまっすぐ突き当って左へ谷町筋に出ます。
二つ目を右へ行くと「口縄坂」です。
口縄は蛇の意ですが、曲がらずにまっすぐです。Photo_28
Photo_22

織田作之助は生玉の生まれです。

「口縄坂」から少し引き返して細い道をクネクネ曲がって”愛染さん”にでます。神社の横が「愛染坂」です。

この坂が一番平凡です。

Photo_30  Photo_33

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検索をしていると天王寺七坂が在るのを知りました。
また、改めて歩いてみます。
清水寺もよいスポットです。

Photo

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2009年4月30日 (木)

夕 陽 丘 漫 歩 Ⅰ

Photo_8 4月29日(水・昭和の日) 快晴
2千年前は上町台地の麓は海岸線だったと思います。
古い由緒のある夕陽丘を歩きました。
谷町9丁目の交差点から北西に下寺町があります。
そこの本経寺が我が家の菩提寺です。
山門の前を西に石段を下ると高津宮(こうつのみや)に入ります。
仁徳天皇を祀る古いお社です。
難波宮を営んだ実在の豪族だったと考えます。   堺の仁徳陵が履仲陵より新しいとの調査報告が出ていますから、系統はアヤフヤです。Photo_9

広い千日前通りを渡って南に進むと生国魂神社(生玉さん)に突き当ります。
この辺りは大阪一のラブホテル街ですから昼間でもアベックで歩くと疑われますヨ・・・
生玉さんは2千年前の造営と言われますが豊臣秀吉の寄進が適当でしょう。
境内に天満宮をはじめ11社の分祀が並びます。
最後は浄瑠璃宮で芸能人の参拝が多いところです。

Photo_10Photo_11表の鳥居から南に進みます。
大きなお寺の間から松屋町筋に古い細い坂が降って名所になっていますが、後述します。
突き当って一旦谷町に出てからまたクネクネと細い道を愛染さんに着きました。Photo_12

勝鬘院愛染堂(愛染さん)の入り口は狭いですが、奥の深い立派なお寺です。
大阪夏祭りの愛染祭りが6月30日にここから 始まって住吉さんで終わります。
聖徳太子がここで薬草を栽培されて、そのうちに施薬院として建立されたものです。Photo_13

谷町筋を東に渡って四天王寺には乾門から入って境内を一周しました。
大変な人出です。
お参りより連休の観光のようです。

   6.2㌔  3時間

愛染さんの横の大江神社の中に夕陽岡の三角点があります。

Photo_14 右が北です。
○は坂の降り口
拡大できます

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2009年4月26日 (日)

ゴールデンウイークへ

Photo サンデイ毎日の暮らしでは人ごみを避ける工夫だけです。
朝から強風で芽生えだした楓の若萌え葉がたくさん吹き飛ばされていました。
万代公園の花壇の花も帝塚山坂の躑躅も花盛りです。Photo_2

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2009年4月19日 (日)

岩瀬経塚山北尾根から府庁山回遊

4月18日(土)  晴れ
高野線千早口駅から才の神林道に入り尾根道への三つ又から経塚山北尾根を第十八番経塚へ登りました。Photo
Photo_2山歩仲間Ⅱ・隠れ道(12)を参照
関電道を登って関電鉄塔の斜面を登り切ると赤い境界杭があります。
尾根の中心にわずかな踏跡がありますから乱雑に散らばる倒木を避けながらゆっくり高度を上げると経塚の頂上に飛び出します。Photo_3
急斜面を降ってコルに下りて登り直すと旗尾岳からの尾根に出ます。
西に頭の禿げた岩湧山を望みます。

府庁山三叉から曲がって田山を目指します。
明るくめざめ出した新緑の中を軽く上り下りするのは幸せです。

Photo_4 Photo_5

Photo_6 のんびりと田山に着きましたが、これからが大変です。
45度を越す下りが待ち構えています。
降り終わって上を見上げてゲッソリしました。

12.5㌔  6時間

18
千早口駅近くのGPSが複線になっています。
グリーン・ロード(巾8㍍)の往復に左右の歩道を歩いています。

地図・写真拡大可

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2009年4月 9日 (木)

信貴山"桜"曼荼羅

4月7日(火)  快晴   服部川駅~立石越~信貴山空鉢語法堂本堂奥の院石床神社~竜田川駅Photo Photo_2
峠の桜は散った後ですが、白い絨毯を踏んで贅沢な峠道です。
Photo_3 Photo_4

Photo_5 Photo_15

                         Photo_7・                              

毘沙門堂の裏から奥の院への道が始まっています。
約40分です。Photo_8
Photo_9奥の院の門前を過ぎると細い踏跡になります。
下の林道に降りる角に
   「右おくのいん」「左わうじ」
の古い石柱があります。
昔々の参道が消えかけています。
Photo_10Photo_17

今日は石床神社(旧)から一番南よりの山の斜面を辿る道を歩きました。

これが近畿自然歩道のようです。Photo_12

                              /竜田川駅から生駒駅まで十数㌔を近鉄生駒線は竜田川と並行して走っています。
川沿いは全部桜並木ですから、電車の中から20分間のお花見が楽しめます。

Photo_16
どれも拡大出来ます


Photo_14

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2009年4月 1日 (水)

和歌山バス那賀

Photo 皆さんにはお馴染みで無いバスです。
和歌山の橋本市附近を走っている南海バスの子会社の和歌山バスのもう一つ子会社です。
熊取~粉河・樽井~岩出間で特急バスを走らせていますから、年に1,2回は御厄介になります。
先日は行きは熊取~犬鳴山、帰りは粉河~熊取間を乗って往復1,060円ですから、1,000円のこのカードを買いました。
40円残っていますが、これを使うのは何時のことでしょうか・・・

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2009年3月31日 (火)

犬鳴山から粉河寺へ

Photo 3月28日(土)  晴れたり曇ったり          寒い
犬鳴山~経塚権現山(第8経塚)~大天井岳~スカイライン三叉~秤木ノ宿~第七経塚~熊野神社・行者堂~粉河寺~粉河駅

行者堂に下る前鬼谷のブッシュ刈りが今日の主題ですが、下心は桜見物です。
犬鳴温泉の渓谷の桜は満開ですが、ソメイヨシノでは無いでしょう・・・Photo_2
相変らず苦しい登りを第8経塚に到着・・・
前後に新しい道標ができています。
一昨年にこのコースの道標・マークが一切取り払われて不安を覚えていましたから、これで一安心と思いましたが、この二ヶ所だけです。  経塚巡礼用です。
これでは経験不足の一般ハイカーを危険なコースに立ち入る逆効果になりませんか?
ここから大天井岳を越えて大タワに達する尾根道は、落ち葉に蔽われて踏跡が不明瞭ですから初めてのハイカーには無理なコースになっています。Photo_3 
三つ又から秤木ノ宿までの粉河林道に沿って桜が点々としています。   あと一週間で粉河平野を見渡しながらのお花見ができます。
行者堂道の入り口にも大きな山桜が満開でした。
今迄気がつかなかった発見です。
昨秋は通りにくかった前鬼谷への曲がり角のブッシュを避けて横に踏跡が出来ていました。
最近に大勢の団体さんが通った感じです。

ブッシュ刈りは中止です。Photo_4

行者堂も大きな満開の山桜を背負っていました。
里に出ると桃の花が満開で気温が低いですが春爛漫の気分です。



Photo_7粉河寺のソメイヨシノは未だですが、山門附近は咲き誇っていました。
                                                                        

     15㌔   6時間20分
後半の2時間は竜門岳を正面に見ての快適な降りでした。
まだ歩けると自己満足に浸っています! bleah Photo_9

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2009年3月29日 (日)

桃 源 郷

Photo 3月28日(土) 晴時曇
犬鳴山から経塚権現山・大天井ヶ岳を越えて粉河の里に降りました。

山間部は蜜柑山で今は余分な葉っぱを落とす作業中です。
柿の枝きりは冬の間に済んでいます。
平野部に入ると桃の花の真っ盛りです。
桃の木の一本々々にポールを立てて枝の先端を支える紐が傘状にひろがっています。
実がタワワに出来るのを支えるのでしょう。

春の陽光を浴びてここは桃源郷です。
向こうは竜門嶽の稜線です。

粉河寺の桜は咲き始めでした。
お雛祭りは桃の節句と言います。   4月3日にするのが本当ですネ・・・

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2009年3月20日 (金)

岩瀬の経塚山の尾根

Photo 3月18日(水)  快晴 
先週の第十八番経塚からの尾根を降ってみました。
才の神林道を降りながら観察した通りでしたが、踏跡は上半分だけでした。

天見駅から旗尾岳に急登してから、尾根道を大きく上り下りして三番目の関電鉄塔に着きました。
すばらしい眺めです。
この送電線は北に向かって急降下して、旗尾岳から東に向かう送電線と交差しています。
鉄塔を過ぎると左から才の神橋から登ってくる道と出会い、次のピークから左に急降下します。
200㍍ほどで高さ50㍍のピークを急登すると第十八経塚のあPhoto_2る岩瀬の経塚山です。
通路になっている南東斜面は45度以上の断崖ですが、西北西に延びる尾根は30度以下のゆるい降りです。
尾根の中央に踏跡らしいものが続いていますがPhoto_4、しばらくすると放置された枝の付いたままの倒木や間伐材が増えてきて踏跡は無くなります。   仕事道のようです。
尾根の中央から離れないように歩き易いところを選んで進みます。  ブッシュはほとんどありません。
やがて小さなピークを登ると前が開けて伐採跡に出ます。
Photo_5 斜面の下に関電鉄塔が立っています。
ここまで直線にすると500㍍くらいですが、ウロ々々しながらですから小1時間はかかりました。
鉄塔の下から関電道が植林の中に入ってジグザグをきってから細い流れをわたってから才の神林道に出ます。
林道を百㍍降ると才の神橋です。
此処の経塚山には経塚と回向塔がありますが、共に昭和三十六年に建てられたものです。
Photo_9 古文書にここを詠んだ歌がありますが、訪問した記録はありません。
岩瀬は今の千早口駅附近の地名ですから随分はなれています。
もとは柱本にあったものが、江戸末期になんらかの理由で古文書の歌を手がかりにこのあたりに場所をもとめ、この独立峰にこの尾根を登って移転したのではないでしょうか?

久しぶりに踏跡の無い新しいコースを探索して充実感が一杯です。

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2009年3月13日 (金)

”隠れ道"が消えた!

18 3月11日(水) くもり
去年の秋に金剛南尾根の東側の「小池ルート」がブッシュで埋まっていましたから、今日は時間に余裕を持ってブッシュ刈りにゆきました。Photo

Photo_2
紀見峠駅からの国民宿舎の坂道の梅はご覧のように満開です。
Photo_3Photo_4










Photo_5小池から次の谷の植林帯に入ると踏跡が意外にハッキリしています。  トラバースが終わって小さな流れに出て、また密林に突入するのですが、流れを渡る地点がわかりません。   記憶にある大木の横にもブッシュで踏跡がわかりません。  アキラメました。
ハッキリした踏跡がそのまま上に続いているので、それに従いますと50㍍ばかりで無くなりました。  仕事道のようです。
岩の多い流れに沿って直登を続けます。 傾斜は35度以上になりましたが、案外はかどりますが、十数本の倒木地帯があってそれを乗り越すのに木登りならぬ木伝いで手間取ります。   少し傾斜がゆるくなると百㍍ほど上に関電鉄塔が見えました。
最後の50㍍ばかりは笹のブッシュ漕ぎですが、この季節ですから案外楽です。Photo_6
フェンスの南西の角に這い出しました。  約1時間のアルバイトです。   もう”小池コース”はオサラバかとチョット寂しい気がします。
西の行者のベンチで昼食。  稜線に出ると北西の風が冷たくて薄手のダウンを着込みました。
少し北上してからダイトレと別れて十字峠への尾根を降ります。  歩く人が増えたのか、歩き易くなっています。
そのまま府庁山三叉を越えてから、久しぶりに第十八経塚に寄りました。Photo_7
旗尾岳から十字峠のコースはよく歩きますが、ここに寄ると時間を食いますから、久しぶりです。
さて、この第十八番経塚は金剛葛城尾根の南側の柱本の極楽寺が本来の場所との説もある所ですが、左に「妙法隋気功徳品第十八岩瀬経塚」とあり、その隣に九十度の角度で「葛城峰中亡霊回向塔」と刻まれていますが、共に背面には昭和三十六年十月となっています。
昔はトテモこんな中途ハンパな人籍未踏の山中に立てたのか分かりません。   南北朝時代は楠正成の砦があったようですが・・・   またこの建立年月の説明は?・・・

Dscn5411 帰りはスナオに才の神林道をスタスタ降りました。
里に出る手前に大規模な椎茸栽培をやっています。
原木一本に十数個の椎茸が生えて、今が摘み取りの真っ盛りです。
春秋の2回植え付けをするそうですが、天然栽培は気温差の大きい春が効率が好いとのこと・・・

千早口駅に出ました。

  10.5㌔  6時間40分   少し寒かった・・・

第十八番経塚は旗尾岳から十字峠に到る稜線から百㍍ほど小尾根をくだって、50㍍くらいの急登するピークにあります。
お参りしてから引き返しますが、そのまま尾根を伝えないものかと才の神林道を降りながら観察しました。
はじめは35度ほどの自然林で樹木は密生してませんから歩けそうです。  しばらくして尾根が広がりますが、その下に関電鉄塔が立っています。   それを目標に出来ますし、かならず関電道があります。  鉄塔を過ぎると伐採されたのか、地肌が出ている所があって、そのあたりから尾根は才の神橋に向かって落ち込んで終わりますが、その手前から林道にむかって巾1㍍ほどの比較的新しい道がジグザグに降りてきています。
歩けそうです。      岩瀬経塚尾根とよんでみます。   なるべく早く、小さな冒険をしてみます!

  

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2009年3月12日 (木)

七面大明神

Photo 近鉄奈良線の石切駅から旧生駒トンネルの横を「くさかコース」を登ると、途中から河内七面山のコースとわかれます。
河内七面山についての情報を探ってみましたが分かりません。
東大阪市の市役所観光課でも知りません。
身延山の七面山の分祀と想像します。

七面大明神を洞窟の中に祀るところが他にもありますから、河内七面山の洞窟にもお祀りしてあるでしょう。

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2009年3月 1日 (日)

玉祖神社珍宝から枚岡梅園

Photo 2月28日  久しぶりの快晴
服部川~玉祖神社~水呑地蔵~十三塚~鐘の鳴る丘~神感寺~枚岡神社Photo_2
玉祖(たまおや)神社の入り口の大楠の裏側にあります。
河内大和地方の古い神社にはこのような珍宝が祀られています。 拡大してください!
水呑地蔵はあいかわらずの賑わいです。Photo_3

一年前に望楼に鈴なりのロックが撤去されましたが、その後はこのように余り人気はありません。

鳴川峠から大原山に登る途中で縦走路からそれて神感寺を訪ねました。
ここまで縦走路ですれ違ったのは9名・・・  男性は夫婦つれの一人であと8人は若中老の8人です!?(*≧m≦*)
奈良時代に創建された広大な規模の寺院ですが、南北朝時代に南朝に付いて焼失したようです。    現代の八大竜王神感寺は昭和十年に作られた別の物のようです。
Photo_4国見山山腹をトラバースしてレストハウスに寄りました。
Photo_5
山頂から瓢箪山に出る客坊谷コースを少し下った所にあります。
国見山を越えて 神津嶽コースをドンドン降ります。
最後の階段はイヤですから、北への迂回コースを探ると308号線手Photo_6前の橋に出て正解・・
枚岡梅林は五千本の梅が咲きほこっています。
公園化されたステキな名園です。
Photo_7

紅梅の多いのが印象的です。

11.3㌔  6時間

今日もよく歩きました!

私事ですが、家内のギブスが2/25日に取れました。  2ヶ月かかりましたが、まだリハビリ中と称して主婦業は放棄したままです。    この日の晩は手抜きして播重のカレーです。  旨かった・・・

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2009年2月23日 (月)

三石山Ⅱ 大谷から(隠れ道)

Photo 前節からのつづき・・・
そのまま根古谷林道を登ります。
岩湧山道を分けて越ヶ滝キャンプ場の前を過ぎると白い橋が見えてきます。   注意すると樹間を通して高さ30㍍のカラ滝が見えます。
此処からが大谷です。  立派な林道がありましたが、三十数年前に土砂石流と台風による倒木で壊滅しました。    通れるようになったのは数年前からです。
林道の橋の下が詰まって水量が多いと舗装の上を流れてきます。   今日もそうで、流れの少ない所が凍ってました。
倒木の激しかった所はブッシュに被われて踏跡になります。Photo_2
流れを渡って山腹道を登ります。
○分岐で小さな谷を渡りますが、そのままトラバースを続けると高山林道に出るメイン・ルートですが、今日は直登ルートを試しました。
谷の右側を木の根をつかんで2㍍ほど登って踏跡をたどると、すぐ尾根道に出ます。
しばらくすると広い山腹に出ますから真上に行きます。  赤いペグがあれば行き過ぎです。  すぐに三石林道に出ます。
前述のトラバース道のほうが達成感があります。
三石登山口でまだ正午だったので、登頂はやめて、そのまま杉村公園まで歩くことにしました。
ここからは最後まで降りが続きます。
濃い植林から次第に疎林が増え、三石山の南面ですから気温もあがって快適な環境になります。
普賢寺別れで日向ボッコです。Photo_3
最近、橋本市が新しく道標を建ててくれたので杉村公園をぬけるのが分かり易くなったと思います。
道標のおかげで公園の吊り橋が丸尾橋とわかりました。

     全行程 13.0㌔  5時間10分Photo_2
 

大谷略図

A トラバース・ルート

B 直登ルート

山歩仲間Ⅱ (11)天見から三石山・杉村公園  を書き換えました

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2009年2月20日 (金)

天見から三石山・杉村公園

2月18日(水)  晴れ

好い天気に誘われて天見から三石山・杉村公園の三石山々腹道を歩きました。17
途中の分かり辛い所を詳述します。
天見駅からボ谷林道をつめてダイトレに乗ります。
気持ちよく疎林をたどりますが、夜に歩けばルートを見失うとフト思いました。
ボ谷の池を越え、第十七番経塚を過ぎて作業小屋の横を砥石谷の頭への登り道と別れて左の谷に向かいます。
流れを渡ると降ってきた関電道と一緒になってゴム階段を降ってまた流れに出ます。  Photo
しばらく飛び石伝いをすると踏跡がハッキリして紀見峠から来る根古谷林道の新しくできたダムの前に出ます。
仮に南砥石谷と呼んでおきますが、ここから谷をそのまま登って経塚の前を通り砥石谷の源流から流谷に越える重要なルートだったようです。
戦前は紀見峠駅から岩湧山にこのルートを登った70年前の記憶があります。  その頃は岩湧山頂上に山小屋がありました。    (つづく)

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2009年2月16日 (月)

SAC機関紙「山脈」

Photo 「山脈」(やまなみ)は1950年に創刊され第6号まで毎年順調に発刊されていましたが、その後途絶えがちになりました。
写真のように手許には5冊しかありません。
’71年に続いて'81年に30周年記念号が発刊され、続いて50周年号の企画がされましたが、ある程度の原稿が集まったまま、沙汰止みになっています。
再来年が60周年になりますが、過去の原稿も利用して追憶号の形式で発刊したいと考えています。

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2009年2月11日 (水)

SAC2月山行・生駒山

2月8日(日) 快晴       
  近鉄額田9時集合   同行6人

枚岡公園~摂河泉ルート~生駒山頂~日下(くさか)ルート~七面山~旧トンネル~石切神社~新石切・解散
Photo Photo_2
一日中、展望を楽しみながら歩きました。

Photo_4 Photo_5

Photo 全員登頂!
一等三角点を囲みました。

Photo_7 Photo_8










Photo_9
日下ルートを下って七面山の洞窟探検・・・
扉が開きませんから出口を捜すと、AOKさんがそれらしき物を見つけましたが、埋まっています。

Photo_10

旧生駒トンネルを見物して、石切神社まで足をのばしました。
賑やかな参道をウロウロして、AOKさんは名物の”ひろうす”をお土産にゲット・・・

Photo_11

 地図は拡大してください
ほぼ原寸になります
今日のコースは終日展望にめぐまれたことと、後半の秘所探検と名所見物で皆々満足・・・

Photo_12

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2009年2月10日 (火)

SAC off会(大阪)

2月7日(土) 18時より    グランド白楽天(梅田)
杉本増生の第2回神戸エルマール文学賞受賞のお祝いを兼ねて開きました。
参加者は東京からの3名をふくめて20名の盛会でした。Sac09
毎年例会としての開催が決まった他は定例山行や「山脈」の発行には興味が無いようです。
お世話人の皆さまご苦労様・・・

  • Dscn5331 Dscn5332

    Dscn5333 Dscn5335

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2009年2月 6日 (金)

XⅡ 生駒散策・まとめ

山歩仲間Ⅱの生駒散策がほぼ終わりました。

2 XⅡ 生駒山散策・まとめをイラスト図をはじめ、全面改訂しました。

この山域を歩きますと、6,70歳代の方の平日登山が目立ちます。
麓から1時間余りで尾根に立てますから、自由にコースを選んで、毎日3時間程度の散策を楽しんでいるようです。

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2009年1月31日 (土)

十 三 街 道

十三街道(じゅうさんかいどう)については、ネットにたくさん出てきます。Photo
俊徳道と重なっているようですが、四天王寺の南門を出発するのが俊徳道で玉造からは十三街道(玉祖道)と解釈するのが良いようです。
すぐに一緒になって今の近鉄の俊徳道駅(足代)附近で暗峠を経由する奈良街道とわかれてから近鉄奈良線に沿って瓢箪山まで来ます。

そこから東高野街道(旧170号線)を南下して、このイラスト図に繋がりますが、心合寺山古墳の北側を通っていますが、その附近は歩いていませんから知りません。
地蔵堂は辻堂のことでしょう。
十三峠からは50㍍ほどスカイラインに沿って歩き、斜めに左の幅のある道です。
しばらく行くと縦走路は右に分かれて降ります。
福貴畑に入ると舗装路になって山麓線を横切って西小学校の前をマダマダ降って竜田川です。
大阪経済大学の南を走る自動車道はヘヤピンカーブが面白いので、若い人の車がよく来ますが、峠の手前の駐車場は無料の生駒夜景の名所ですから、夜間は何時も満車です。
福貴畑の北に下りて来ます。

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2009年1月30日 (金)

玉  祖  神  社

Photo_11 玉祖神社(たまおや)のこと・・・
前章の地図を参考にしてください。
服部川駅から北に向かって歴史資料館と清友高校を過ぎて百㍍ばかりで水越に入れば右折します。  十三街道より一つ南の道になります。
つま先登りの道が急になると突き当って玉祖神社です。
思ったより広い境内です。Photo_12
和銅3年(710)に周防の玉祖神社からの分祀で櫛明玉命を祀りますが、境内には10ヶほどの小祠があります。
この辺りは古来は玉(ぎょく)を作った玉造部(たまつくりべ)が大勢居た所で、十三街道をまっすぐ西に向かうと大阪の玉造で終点になります。
社宝になっている女神が左の膝を立てた朝鮮式なのは渡来人が創建に関係しているのではないでしょうか・・・Photo
正面の大きな楠は見事です。
神社の前を南北に山腹道路を造っていますから、回り道をせずに十三街道に出られます。

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2009年1月29日 (木)

十三峠から高安山「おお道」

1月27日(火) 快晴

服部川駅~玉祖神社~水呑地蔵堂~十三峠~高安山~おお道~信貴山口駅Photo Photo_2

Photo_3 Photo_4
十三峠は画面の手前からスカイラインの下を潜る車道を渡って向こうに見えるトンネルから縦走路に出ます。
零度に近い低温でも快晴の陽光に照らされて快適な縦走です。Photo_5

Photo_7

Photo_8 Photo_9
信貴山ケーブルの高安山駅の少し手前に分岐があります。
「おお道」と言うルート名を初めて聞きましたが、由来は知りません。
見下ろすような急斜面で脆い土質ですから登りは木の根にすがることになるでしょう。
少し降ると疎林地帯になって落ち葉でうずまりますが、古い登山道らしくガリー状になって深いところは3㍍を越します。  最後まで展望は利かず30度~40度のジクザグ道が続きます。    降りきった登山口には杖の束がありました。
大きなお寺から植木屋さんの多い舗装路をドンドン降って踏み切りを渡って左へ線路沿いの小道を信貴山口駅に出ます。       登りたくは無いコースです。

       12.5㌔   4時間Photo_10

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2009年1月20日 (火)

削られる屯鶴峰

Photo_7 二上山の北側にある屯鶴峰は真っ白な凝灰岩が風化と侵食で奇岩が連立している奇勝です。
県指定の天然記念物で香芝市の管理ですが、国定公園から外れて個人所有の土地ですから、昔からハイキング客の通り抜けで問題の多いところでした。
下の略図で説明します。
問題は土砂の採取です。
北の1/3は造成は終わって平地になっています。
今は東側から中心に向かって採取されています。    そのため屯鶴峰の奇岩地帯から主峰(154m)までの尾根が削り取られてトレースが出来なくなりました。Photo_3
通り抜けるには西側の尾根道を通ります。
マークが適当にあって踏跡はしっかりしてますが、途中に2㍍足らずの砂岩の障壁を乗り越えてから、礫岩の小ピークを越えてから降りになりますが、ガイドが居ないと一般の人には 無理かも・・・
降り切ると左の尾根にトンネルがたくさん口を開けています。
主峰の下にもありますが、戦時中は此処に陸軍航空隊の司令部があって、それの防空壕です。
縦横に掘られて尾根の向こうまで抜けているのもあります。

Photo_4右手に行くと小川に沿って北口からの道路にでます。
以前から国道165号線に沿ってフェンスがありましたが、最近に北出入り口にもゲートをつくって完全に封鎖しました。Photo_6
今後、南から通り抜ける人とのトラブルが予想されます。
屯鶴峰入り口の看板に”通り抜けは難しい ”と書かれていますから、香芝市に抗議しても個人所有の土地だからと逃げるでしょう。  県当局に言えば香芝市の問題と言うでしょう。
二上山からダイトレを下って、両方の駅の中間ですから通り抜けて関屋駅に抜ける良いコースなんですが・・・
略図が不鮮明ですから拡大を・・・

 

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2009年1月18日 (日)

二上山から屯鶴峰

1月16日(金) 晴れ
   二上神社口~二上山雄岳~屯鶴峰~関屋Photo Photo_2

Photo_3 Photo_4

Photo_5 Photo_6


Photo_7  Photo_8

Photo_9
実は生駒方面に行くはずが、気がつけば南大阪線に乗っていましたから二上山・屯鶴峰の半日コースに変更。
寒いですが陽気な散策でした。
屯鶴峰の探検ができましたから、改めて報告します。
最近、よく電車を乗り違えします。
認知症なんでしょうか?

9.7㌔  5:00時間

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2009年1月11日 (日)

”いのぶた”の獣道

1月9日(金)  くもり
やっと、初山行です。   3日に行く予定の天見から学文峰に行きました。Photo_3

Photo_14

井谷ノ峰は反射板だけで何もありません。
下峠に向かって降りだしました。  踏跡に沿って”いのぶた”の掘り返した跡が50㍍以上も続いています。
掘り返し跡が無くなると踏跡もありません。
何処でも歩ける所ですがGPSを見ると下峠は西に在って北に向かって降っています。  Photo_18 ”いのぶた”の獣道だったようです。
土地勘のある所ですから、そのまま下って下峠から学文峰に向かうトラバース路に出ました。
一安心とバカバカしさを同時に味わって流山不動(経塚)と上峠は割愛して学文峰に向かいました。  2時間のショート・カットです。
学文峰から東の旗尾岳は雲が切れ切れに凄いスピードで流れて幻想的です。Photo_15

Photo_17

Photo_12
ジルミ峠まで降って時間が早過ぎるので唐久谷側に下って地蔵山トンネルをランプを点けて通ってみました。
長さ300㍍の湾曲した未通のトンネルです。
中ほどまで来ると眼鏡が曇って見えなくなりました。
空気が流通していないのでスゴイ湿気です。

  4.6㌔   3時間40分

今年の山行は慎重にと・・・   あらためて自戒しました!Photo_13
下峠は文字の左の小丸点です。 下峠は三叉路で学文峰へは北東に山腹道があります。

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2009年1月 5日 (月)

SAC2月山行のお知らせ

           SACのお知らせ

   あけましておめでとうございますPhoto_3

先般、Off会の案内には多数の参加のお返事をいただきました。
翌日の山行案内をあわせてお知らせします。

Off会・・・
  
'09年2月7日(土) 午後6時より
   グランド白楽天(阪急グランドビル27階)
    会費5000円

杉本増生君の第2回神戸エルマール文学賞受賞のお祝いを兼ねます。             (担当・SSK)

山行案内・・・ 生駒山登山Photo_4

2月8日(日) 午前9:00 近鉄奈良線額田駅集合
  難波8:25奈良行き準急(東花園乗換)

 生駒山登頂に一番楽な”摂河泉ルート”を登ります。
誰も居ない真冬の一等三角点を訪ねるのも一興です。
帰りは”くさかルート”を石切に降ります。Photo_19

    昼食持参

積雪があっても頂上だけです

初級コース   5時間ほど

問い合わせは 翁 まで

地図は拡大してください

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2008年12月31日 (水)

平群観光案内

今年は高度を落として生駒山系をさまよいました。
新しい発見がありました。Photo
生駒山を北から南に縦走して大きな峠は暗峠・鳴川峠・十三峠と立石越です。
峠を東に越えて桃源郷を発見しました。
「平群(へぐり)の里」(奈良県生駒郡平群町)です。
北は生駒市で南は大和川です。
生駒山脈と矢田丘陵に挟まれて真ん中を近鉄生駒線が走っています。
集落の所どころには二千年前の弥生時代の遺跡や面影を残します。
町制のわりに立派なHPやコミバスがあります。
北部はイチゴ・メロンのハウス栽培、中部は大規模の菊栽培の農園、南部は葡萄栽培の盛んな富農地帯です。
観光も考えてご覧のように町内だけの回遊コースを設定しておりますが、外部からの観光・ハイキング客の誘致を心掛けたいです。
山歩仲間Ⅱ・鳴川峠から千光寺信貴山界隈を参考にしてください。

    皆さん  よいお年を!

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2008年12月29日 (月)

SAC1月山行のお知らせ

             SAC1月山行のお知らせ

               ’09より月例登山をします

                Photo

  1月3日(土) 
   南海高野線天見駅9:00集合    

天見駅の西側の里山を叶山稲荷に初詣して尾根を縦走、流山不動(第十六経塚)から上峠を経て学文峰に登って千早口駅にくだります

   6㌔ほど4時間程度の初級コース
Photo_2難波8:12の高野山行き急行に乗ってください

昼食持参  荒天中止  

2月例会はOff会の翌日の2月8日に生駒山の予定です

 連絡先   翁

 

      

12月31日  中止になりました
     申し訳なし! 
  

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2008年12月27日 (土)

十三峠のご案内

Photo 左の国道が河内山本から北上して瓢箪山に到る旧170号線で、大竹三丁目の文字の左が大竹バス停です。Photo_2
Photo_6
  心合寺山古墳の前を通って突き当りを右折、すぐに左折して玉祖神社の前宮をすぎると山道にかかります。
Photo_14Photo_8

平安時代に在原業平が恋人を訪ねて足しげく通った「業平道」としても有名です。
水呑地蔵まで数十㍍ごとに石仏が並ぶ「仏の道」です。
傾斜はゆるく、生駒登山道としては一番楽なコースでしょう。Photo_9  Photo_10

水呑地蔵には平日でも何十人の参拝者がたむろして朝10時からは毎日登山の方のラジオ体操が始まります。Photo_11

水呑地蔵から上は山道らしくなりますが、簡単に峠に着きます。
上の地図でご覧のように、この峠に自動車道があがってきています。
八尾と平群を結ぶ十三街道で、西に俊徳街道につながって玉造に出ます。
信貴生駒スカイラインの下をトンネルで潜って連絡はありません。
離合困難なヘアピン・カーブが続きますが、そこそこの通行量があるようです。 Photo_13
峠に近く駐車場もありますから、無料の生駒山夜景のスポットです。

峠の北側に名前の由来の十三塚や峠の石佛と並んで、天理教祖の末娘が大阪に布教にかよった故事を由来する「おぢばかえり」の看板があります。  天理教徒も通るのですネ。

ヘアピン・カーブの自動車道は二輪車通行禁止ですから暴走族は来ません。

地図も写真もクリックで拡大を・・・・・

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2008年12月26日 (金)

十三峠越えから信貴山奥の院

12月24日(水)   晴れ     本年の山行35回
河内山本~瓢箪山間の近鉄バス大竹下車
大竹~心合寺山古墳~水呑地蔵~十三峠~立石越え~信貴山空鉢堂~奥の院~石床神社~竜田川駅Photo_2

Photo_3

Photo_4 Photo_5









Photo_6

奥の院の山門の前を通り過ぎると道は細い踏跡に変わります。
ジグザグを切って降って畑を横切ると久安寺からの街道に出ます。
これで本日の目的達成・・・
あとは石床神社から消渇さんと旧社地を廻って竜田駅まで漫歩・・・ Photo_10
Photo_11
Photo_9 14.6㌔   5時間10分

朝は寒くて縦走路の水溜りは氷でした。
昼前から好天気で歩くと暑く、止まると寒いから休憩無しです。




 

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2008年12月23日 (火)

懴 法 ヶ 嶽

まず、下記 投稿をご覧ください。 (山歩仲間 第三番
井関峠から西に向かって懴法ヶ嶽東峰(381m)から西峰、関電鉄塔と続いて大福山です。

<童子の苦行を詠った謡曲「谷行」で有名な籤法ヶ岳> について。
○2万5000分の1地形図「淡輪」(平成10年修正測量、平成11年発行)には「籤法(くじほう)ヶ岳」とありました。
○2万5000分の1地形図「淡輪」(平成18年更新、平成19年発行)には、私の年来の主張が認められて、「懴法(せんぽう)ヶ嶽」の表記に改正されました。
○上記2つの山の地点は同一で、大福山の東南東700m、井関峠の北西400mの「381m峰」を指しています。
○山名の根拠となる出典文献の記載内容は以下の通りです。
・「籤法ヶ嶽・籤法嶽」
 「せんぼう・せんほう・せんぽう」+「がだけ・がたけ」
  (『紀伊国名所図会』巻之三、文化8年、1811年)
・「懴法ヵ嶽・懴法嶽」(『紀伊続風土記』第1輯、明治43年)194頁
・「懺法嶽」(『日本山嶽志』明治39年)345頁
・「懴法が嶽」(『和歌山縣海草郡誌』大正15年)942頁
○「懺法(せんぼう・せんぽう)という仏教用語は、『広辞苑』『日本国語大辞典』などの辞典には載っています(【懺法】経を読誦して、罪過を懺悔(さんげ)する儀式作法)。
○「籤法」の漢字表記は『紀伊国名所図会』の作者の誤記である。
○「くじほう」というのは、名所図会の誤記された漢字を、そのまま、表記につられて読んだ結果として生じた誤読で、根本的に間違いです。
○地形図では、当初から『紀伊国名所図会』に従って「籤法ヶ嶽」と記載されてしまったことが間違いの始まりであった。
○『日本山嶽志』『紀伊続風土記』『和歌山縣海草郡誌』を参照していたら、「懺法ヶ嶽」という表記が採用されたはずであった。
○国土地理院では、私の提出した資料を吟味して、平成18年更新版から「懴法(せんぽう)ヶ嶽」を大福山と井関峠の間の381m峰に記載するようになったのである。
○平成19年2月の2万5000分の1地形図「淡輪」発行以降、<幻の「籤法(くじほう)ヶ岳」>は消滅したというわけである。

○もっと詳細なコメントは、「俎石山・大福山~井関峠(往復)-zenちゃんのブログ-Yahoo!ブログ」(2008/1/7)に書き込んだ記事(2008/1/14)をご覧ください。(柴田昭彦)

投稿: 柴田昭彦 | 2008年1月15日 (火) 23時48分


Photo_9 Photo_10
先日、懴法ヶ嶽西峰で地元の方数名とお会いして山名云々の話を聞きました。
和歌山森林管理局の努力で「紀泉高原国有林」は整備されて各所に道標や案内板が整備されましたが、「懴法ヶ嶽」の山名は”籤法ヶ嶽”になっています。
地元各位の抗議によって、案内板は訂正されていますが、道標は「籤法ヶ嶽(くじほうがたけ)」とふりかな付きでそのままです。
国土地理院の陸測図には東峰(381㍍)に山名が付けられていますが、両方に籤法ヶ嶽のポールを立てたのは森林管理局だと思います。Dscn0011

この案内板は井関峠のものです。
訂正してあります。
しばらくは懴と籤の混乱が続くでしょう。
しかしよく似た漢字です。

山歩仲間の記事も柴田氏の指摘により懴法ヶ嶽に訂正しました。

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2008年12月22日 (月)

し し お ど  し

俎石山から北へ北へと尾根を降って最後は左折して谷に降ります。
しばらくすると細い流れがあらわれて”獅子脅し”があります。
”鹿威し”と書くのが正解です。  昔は山の鹿や猪なぞの獣を全部シシと呼んだようです。
これぐらいの音でライオンは驚きません。Photo_7
Photo_8 実物は長さ3㍍太さは15㌢ほどの合成管です。
拡大してください。
左図は樋から細流が流れ込みます。
一杯になるとその重みで右図のように傾いて水を吐き出して左に戻って下の丸太に当たって音を発します。
普通の竹製のものは”コーン”と冴えた音を出しますが、これは”ゴーン”と鈍い音です。
冬に切り出した竹を3年ほど乾燥させてから作るそうですが、寿命は3年ほどですが、この合成物は五年以上動き続けています。   人里から1時間は離れているのに誰が作ったのでしょうか・・・
この流れがもう少し降ると100㍍ほどの見事なナメリ滝のある渓谷になります。

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2008年12月21日 (日)

山中渓から雲山峰・大福山

Photo 12月18日(木) 晴れたり曇ったり
山中渓~雲山峰~大福山~俎石山~箱作

山中渓から展望台への登りは一汗かきますが、あとは気持ちの好い上り下りです。
雲山峰に近づいて和歌山県に入ると新しい道標と案内板が設置されています。
和歌山森林管理局が整備を進めていた「紀泉高原国有林」の案内看板です。Photo_2 Photo_3

井関峠が公園のようになりました。
大福山はお社も灯篭も増えて賑やかになりました。



Photo_4 Photo_5
大福山から俎石山にかけては管理局の整備のおかげで北展望台が出来たりして歩き易くなりましたが、桃の木台までの降りの2時間は堪能させてくれます。
ここを登った人が”長かった・・・”と言ったのはよく分かります。   俎石山から飯盛山が彼方に見えるのは今回の発見です。
Photo_6
  15.5㌔  7時間
自己満足できた歩きです。
桃の木台団地は完成して高架橋を渡って団地に入ります。
4丁目バス停から箱作駅までバスに乗りました。

 

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2008年12月11日 (木)

平群石床神社と消渇神社

I 平群(へぐり)町の石床(いしとこ)神社は近鉄生駒線の竜田川駅から西北西へ信貴山に向かって20分ほどのところにあります。
近くを近畿自然歩道が通っていますが、もう一つ位置関係がわかりません。
信貴山の裏登山道から奥之院を訪ねて竜田川に行く途中で道標を見て偶然訪ねました。Photo
Photo_2
石床神社は室町時代からの古い村の鎮守ですが、昔はもう300㍍ほど南にありました。
表の道に案内板がありますが、細い道を通りますから分かりにくい所です。

Photo_3 略図を参考に・・・
10×6㍍の巨大な岩石と鳥居だけが残っていますが、この岩は中央に裂け目があって陰石(女陰)として信仰の対象となったものです。
現在地には古い狛犬と共に上図の神護石(陽石・陽物)なるものが移されています。   大正13年の移転です。Photo_5

消渇(しょうかち)神社は江戸時代には性病治癒の神様として、一時は参道に茶店が出るほど栄えたものです。
小さな三宝に土の団子を12ヶ供えます。
治癒すれば飯の団子を供えます。
登る階段の右横に土の団子を作る設備があります。
機会があれば訪ねてください。   なにもかも古くて鄙びています。

Photo_6

Photo_7

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2008年12月 9日 (火)

平群漫歩・石床神社から竜田川

12月8日(月)  快晴のち曇り

枚岡神社から神津嶽コースを経て生駒縦走路を南下しました。Photo_10
Photo_12                      ・

               枚岡神社より苦しい階段道を登ります。
慣れた人は展望台までは迂回路をとるようです。
紅葉の季節は過ぎました。

快晴の大原山は快適な見晴らしです。
山頂の小池でパン屑を鯉に与えていた女性が”烏がダイビングして来て15㌢ほどの鯉をゲットした”と驚いていました。  恐ろしい話・・・Photo_5

快適な山脈縦走を続けて十三峠のお地蔵さんの前で遅い昼飯を取っていると登山スタイルの85歳のオバーサンが登ってきました。
服部川から福貴畑の知り合いへ行くそうです。
週に2回は山歩きをするそうです。  負けないようにガンバリましょう・・・
立石越えから降りる予定だったのに、話し込んで縦走路から外れてしまいました。
福貴畑の最初の民家の前で別れました。

陸測図を持ってこなかったので、おおよその見当で下へ右へと歩いて目標の小学校に出られました。   おかげで奥之院を突き抜ける道をゲット・・・   大成功     次は信貴山から奥之院を貫けてみます。

裏道だから人にも会わず車も通りません。
平群(へぐり)の里には広大な菊栽培の農園が点在しています。

石床(いわとこ)神社 ・消渇(しょうかち)神社と石床神社の旧社地を探検して、竜田川駅で”名勝竜田川”の位置を聞いて行って来ました。    幻滅・・・    もう時期も過ぎて色は褪せています。
駅から東南に約1.5㌔(20分)    竜田川が矢田丘陵に迫った一帯です。  歩いて行く所ではありません。Photo_13 Photo_14

快晴だった天気が俄かにガスが掛かってきてサンザンです。

天候悪化でアキラメましたが、もう少し西です。  王子から法隆寺行きのバスで竜田大橋下車が正解です。

Photo_8

1/4に縮尺したら地図が読めません。

 17.9㌔  7時間
十三峠からオール降りです。
よく歩きました。
グー!!   

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2008年12月 2日 (火)

孝子・高仙寺より泉南飯盛山

11月29日(土)  晴れ午後曇
孝子の高仙寺から高野山の尾根を伝い飯盛山をみさき公園に降りましたPhoto

Photo_2

Photo_3 高野山々頂を過ぎると電波反射板塔の建て替え工事をやっております。
数年前からここまで林道が入って尾根筋の様子が全く変わりました。
ウネウネと曲がりながら上り下りした仏さまの修験の道は消えてしまいました。   南無妙法蓮華経

Photo_4 Photo_5 泉南飯盛山を越え前山を登り直して振り返ると標高384.5㍍の低山なのに圧倒してくる迫力があります。
古名を般若岳と知りました。  この方がふさわしいです。
拡大してご覧ください。
遊園地の施設がわかります。

  7.75㌔   5時間半Photo_6

GPS図を見てみると前山附近は高原状になって道はハッキリしてますが、予想と全く違うルートを辿っています。
住宅地に入っても急坂と階段を海に向かって降ります。
この逆コースはトテモ登れません。

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2008年12月 1日 (月)

孝子・高仙寺・紅葉

Photo 11月29日(土)
南海・孝子駅から高仙寺の長い石段を登りました。
古びた石の色も味わってください!

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2008年11月28日 (金)

「岳人」に杉本増生の紀行掲載

Photo 山の専門誌「岳人」12月号に杉本 増生の紀行が掲載されています。

ご購読ください。

添付のイラストを著者は気に入らぬようです・・・

文人はムツカシイ!

p.172の岳人紀行賞の論評の中でも触れられていますから、目を通してください。

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2008年11月26日 (水)

橿 原 神 宮

Photo Photo_2
                                22日の高取山の帰りに橿原神宮に寄りました。Photo_3
70年ぶりです。  小学生のころ、学校からと親父に連れられて3度ほどお参りしていますが、広いお宮さんとの印象だけで記憶は殆どありません。
大軌と大鉄の駅が別だった筈で大通りも覚えていません。
右側は外拝殿から内拝殿を写しました。  本殿の千木(ちぎ)が見えます。
七五三で賑わっています。  七五三のお参りは内拝殿まで入れます。
裏は畝傍山です。   明治23年の創建ですから、まだ120年に満たない新しい神社です。   紀元二千六百六十幾年の天皇の始まりを意味していますが、史実の裏付はありません。

それより創建の際には畝傍山の麓の多くの差別部落が穢いと追われました。

八咫烏を連れての神武東征や天の岩戸の天孫降臨と出雲の国寄せは日本の三大神話的お伽噺でしょう。
伊勢神宮は二世紀ごろ、大国主命の出雲大社と大神神社(三輪明神)は神代の頃(BC2世紀?)と建築物の遺構から推定されていますが、神武天皇の裏付けは全くありません。

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2008年11月25日 (火)

明日香のかめバス

Photo_10 明日香のかめバスとは明日香観光のための赤バスと村民用の金バスのことです。

明日香観光にはレンター・サイクルが便利ですが、南東に向かって高くなる地形ですから女性・高齢者はバスのほうがよいでしょう。
赤バスは一日乗り放題のフリー・チケットが650円です。
土日は30分毎ですから、観光地図と路線図を見比べて予定表を作ってみましょう。

金かめは栢森(かやのもり)行きで高取山登山に便利です。
料金100円のマイクロバスですが、日曜日は休みなのが残念です。
歩けば石舞台~栢森で2時間かかります。

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2008年11月24日 (月)

大和路漫歩・高取山

11月22日(土) 快晴
高取山を逆コースで歩きました。
近鉄吉野線・飛鳥下車 奈良交通バスの三つ目の福祉センターで村営バスに乗り換え。
運転手さんが観光案内をしてくれました。 栢森(かやのもり)の少し手前の川に注連縄が掛かっている所で下車・・・  100円です  何処でも停まってくれます。
道標完備   キトラへの分岐を過ぎると尾根になって道はゆるくなります。   あっけなく猿石に着きます。   表登山道のほうがキビシイです。
高山城址は紅葉のまっさかり、カメラマンがウロウロ・・・  月末まで見ごろでしょう。Photo
Photo_2 五百羅漢まで行ってみようと壷坂寺を目指して下ります。
木製の階段を二つ過ぎると自動車道と接触します。
大きなカメラの皆さんはここまで車なんですネ
30分降ってまだ半分なので引き返しました・・・  無駄骨!Photo_3
表登山道に戻って国見櫓跡に行きました。
中央左の二上山から金剛山に連なり、右は生駒山です。
眼下は大和三山のスバラシイ展望です。

Photo_5 Photo_6 Photo_7

元の殿様の植村氏の長屋門を過ぎると土佐の街並みです。
明日(23日)の「もみじ祭り」の武者行列の準備中です。
古い町だけあって美術骨董のお店が目に付きます。
これはお茶道具屋さん?     喫茶みやげ物店を兼ねた観光案内所で電車の時刻を聞いて、壷坂駅へ・・・Photo_8

8.55㌔   4時間30分

今日は山登りではなく山降りです。    Photo_9

猿石の登りは巻いていますからモットゆるいです。
ラクチンお奨めコース

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2008年11月23日 (日)

高 取 城 址 紅 葉

Photo 11月22日(土)
高取城址の紅葉

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2008年11月20日 (木)

山歩仲間Ⅱ・「Ⅳ 石切から山頂へ」を改変

Ⅳ 生駒山散策・石切から山頂へ の内容を変えました。Photo

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2008年11月15日 (土)

河内七面山・探検

Photo 11月14日(金) 快晴
数日続いた小春日和は今日でオシマイ・・・
気に掛かっていた「河内七面山・探検」です。
近鉄・石切駅北口を出て旧生駒トンネルを過ぎて山道に入り超スローで1時間かかりました。

鳥居をくぐり経塚、宝筒が立ち並ぶ前の少し広くなっている所を右に行くと窪みに石段を数段降って洞窟の扉があ
ります。Photo_2
無理に押されたのか扉の金属の閂(かんぬき)が曲がっていて動きません。
残念ながら、扉の下の隙間からカメラを差し込んでフラッシュです。Photo_3
Photo_4
肉眼で見たわけではありませんが、巨石が重なって通路になった向こうに祭壇のようなものが見えます。
ここに七面大明神がお祭りしてあると思います。Photo_5

鳥居の横には大きな手水鉢、洞窟の手前には百度石があります。
一番上部の巨石が三角形になっている奥の祠には「大鳥家代々」と読める碑文があります。
この谷間一帯は大きな石が散在して、何故か薄気味悪い冷気を感じます。
年に一回、お参りがあるようですが、誰が何時かは分かりません。
身延山奥の院の七面山大明神の分祀であるのは間違いありません。
別に胎内くぐりの洞窟があるかも知れません。  探してみましたが分かりません。

人声がするので振り返ると、50㍍ほどの崖の上に「くさかハイキング」の立派なルートが通っていました。
このルートを辿ると綺麗に公園化されたところを抜けて管理道路に簡単に出ます。

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2008年11月 4日 (火)

近鉄奈良線・旧生駒トンネル

Photo
前回に続いて旧生駒トンネルの話です。
近鉄の前身の大軌(大阪電気軌道)が明治44年に発掘を始め難工事の末大正3年に貫通しました。
新しい生駒トンネルが昭和39年に出来たので使われなくなりました。
孔舎衛坂駅がありましたが、現在ホームだけが残っています。Photo_2

旧トンネルの東半分は拡張工事の上「けいはんな線」が使っています。
小さな鷲尾トンネルがあった尾根は切り開かれて住宅地になりました。
旧トンネルは落盤や湧水等の難工事で朝鮮人労働者に多数の犠牲者が出ました。
その祟りでしょうかトンネル火災や追突事故が相次ぎ幽霊話が今も残っています。Photo_3

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2008年11月 3日 (月)

生 駒 ・ 河 内 七 面 山

Photo 近鉄・石切駅北口から北に向かって住宅地を直進して、突き当りを右折すると旧生駒トンネルの横を通り「生駒登山くさかルート」の標識のある橋を渡って山道に入ります。
巾はありますが園地の中ですが歩き易くはありません。
やがて二股で右へ普通の山道になります。
30分ほどで鳥居があらわれます。
左に石仏、正面に5,6㍍もある巨大な法華塔(南無妙法蓮華経)や灯篭が並んでいます。

Photo_2
Photo_4 Photo_5
Photo_6 大きな法華塔の右上に巨石が重なった中に小祠が祀られています。
写真は拡大してご覧ください。
いろいろ調べてみましたが、「河内七面山」に訪れた記録はありますが、詳しい由緒は分かりません。
日蓮宗本山の身延山の山奥にある七面山奥の院の分祀のようです。
七面山奥の院は七面大明神を祀り、参籠してお祈りする修験道場です。
ここは昭和の初めは栄えたようですが、現在はどなたが管理しているのか分かりません。
右下の階段を降ると洞窟があって行場になっているようです。
胎内潜りがあって、出口がとても狭いとか、鉄格子に錠が掛かっているとかの情報がありますが、行ってないから詳しいことは分かりません。
あらためて探検します。
どなたも言っていますが、なんだか気味が悪い感じがするのは何故でしょうか・・・
さらに登り続けて”ぼくらの砦”を経て管理道路に出ますが、ちょうど中間あたりになります。

大峰山系にある七面山とは関係が無いと思います。

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2008年11月 2日 (日)

生駒山・摂河泉コースから”くさかコース”へ

11月1日(土)    快晴      NORDIC WALKPhoto
額田駅~枚岡公園~摂河泉コース~生駒頂上~くさかコース~石切駅

Photo_2 Photo_3

Photo_4 Photo_5
頂上に出るとソヨ風が冷たいです。

Photo_12 Photo_7

                   生駒遊園北口から石畳の道を降って石切からの辻子谷コースとの出会いになりますが、そのまま管理道路を降って宮川谷コースを降りました。Photo_8

Photo_13

                                                                                                               このコースは薄暗くて通る人は殆どありません。
ぼくらの砦を通って更に降ると河内七面山の行場があります。
チョット薄気味悪いところです。
くさかコースと出会ってドンドン降ると舗装路に出て生駒旧トンネルがあります。
住宅地に出て左へ水平移動すると石切駅です。Photo_14 Photo_11
                                                                            10㌔ほど 4時間

  宮川谷と生駒旧トンネルは又詳述します  

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2008年10月24日 (金)

生駒市小瀬健康福祉ゾーンの足湯

Photo_10 矢田丘陵から国道308号線を降って新しいバイパスに出ると生駒市営の”足湯”があります。
20人ほど入れるでしょう。
平日でも中高年の夫婦や家族連れが次々と車で来ます。
若い女性もおります。Photo_11
すぐ横の団地まで東生駒からバスが1時間に一本来ています。
駅名が「小瀬健康福祉ゾーン」ですから体育館などがあるようですが、そこまで探検してません。
近鉄南生駒まで旧道を降ると20分ほどです。

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2008年10月23日 (木)

NORDIC WALK ・法隆寺から矢田丘陵

Photo 10月22日(水) 晴れ後くもり 昼から雨

余りの好天気すぎて出渋って、やっと腰を上げたら昼から雨になりました
関西線王寺~法隆寺~松尾寺~矢田丘陵~室木峠~近鉄南生駒(山歩仲間Ⅱ・参考)

矢田丘陵は法隆寺から北に10㌔余りの標高300㍍ばかりの南北に細長い山岳園地です。
松尾寺から縦走路に入り北の”こどもの森”から下ると追分梅林・霊山寺があります。  東麓の矢田寺も有名です。Photo_2

Photo_3 Photo_9

Photo_12

Photo_5Photo_6

Photo_13 Photo_7 Photo_8 今日は榁木峠に出て酷道308号の狭い急坂を降ると道が広くなった所に足湯があります。
ゆっくり脚を休めて南生駒に下りました。
ここから雨になって傘をさしました。
住宅地の中で迷いました。
GPSを拡大して笑ってください。

  11.1㌔   4時間40分(内足湯30分)

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2008年10月22日 (水)

SACたより

Photo_2 ご連絡有難うございます。先輩はますますお元気でご活躍の
ことと思います。小生膝を痛めこの三週間ほどは歩行も
困難な状態で落ち込んでおります。同期のSZK
HMDの両人は全国の山々に月1回から2回行っています。
MTMは介護ホームで寝ています。月一回お見舞いにいきますが
アメーバー赤痢の後遺症で中々回復しません。以上同期の近況です。
  K FKMPhoto_3 (8期)

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2008年10月16日 (木)

山歩仲間Ⅱへ

Photo 「天見~三石山山腹道~杉村公園」を山歩仲間Ⅱの(11)に加えました。

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2008年10月15日 (水)

Nordic Walking・三石山腹道

Photo 10月13日(祭)  快晴 
連休最後の快晴で、南海高野線・天見駅~ボ谷林道~(ダイトレ)~第十七経塚~(根古谷)~大谷~三石山下~(山腹道)~杉村公園~御幸辻駅Photo_2

Photo_3

Photo_4

経塚を過ぎ作業小屋からダイトレに別れて谷を下って根古谷林道に出ます。
カラ滝の橋を渡って大谷を詰めます。
高山林道への出口はブッシュで埋まっていましたから、そこそこ刈り取りました。
三石山には登らずに山腹道を行きます。
三石山から南は橋本市が新しい道標を設置しました。17_3

Photo_5 Photo_6

普賢別れと杉村公園内に三石山への道標が設置されましたから普賢寺への林道はブッシュに覆われてしまいました。

Nordic Walkinngと言っても険しい山は避けて両手ポールで歩くだけです。
急な登りや岩場はポールは苦手です。
リズム良く歩けますし、降りの膝への負担も軽くなります。
下半身は20%ほど楽になるでしょPhoto_8う・・・
その代わり終点に着いた時は左手首が動かなくなっていました。

  16.2㌔   6時間10分
山中温度 17℃  杉村公園 25℃   帰りの電車内は冷房で寒かった・・・

まだ日向は暑いですネ!

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2008年10月 6日 (月)

”信貴山から奥の院へ”を山歩仲間Ⅱへ

Photo 10月5日の信貴山奥の院ヘのコースを「山歩仲間Ⅱ」の生駒山散策・立石越えから信貴山の(続き)に収録しました。

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2008年10月 5日 (日)

信貴山から奥の院へ

Photo Photo_13
10月3日(金) 晴れ
服部川駅から立石越えを上りました。
ドライブウエイから高安道に入ると十三峠から来た毎日登山の方に逢いました。
信貴山への裏道に入ると空鉢参りの方と一緒になりました。
平日でも人出の多いコースです。Photo_3
独りになって信貴山奥の院を目指します。
この信貴山裏参道は静かで歩きやすく、古いお堂があったりします。
広い自動車道に出ると信貴畑です。
地図で確かめてください。(拡大できます・2回クリックで2万5千相当)
旧道を下ると400㍍で奥の院に突き当ります。Photo_14

Photo_17 こじんまりした由緒のある好いお寺です。
見所がたくさんあります。
奥には不動、多聞天、吉祥天、童子の大きな仏像が並んでいました。Photo_7 Photo_15

クリックで拡大すると縁起も読めます。
元の三叉路に戻って竜田川駅を目指します。
この自動車道は拡張中です。
小学校に出ると右に折れます。
平群の村の中を曲がりながら下って、石床(いわとこ)神社に寄ってみました。
ここも由緒のある所なのに無粋な集会所を造って惜しいです。

Photo_9 Photo_16
この縁起も拡大してご覧ください。
またコースに戻ってウネ々々と駅に向かいます。
地図を拡大してGPSの軌跡を見ていただくと大体道なりで右へ右へと辿っています。
この辺りを近畿自然歩道が通っているのですが、奥の院の三叉路で見た以外はありません。
逆コースは全部登り坂になります。
信貴山奥の院は行っただけの値打ちがあります。

Photo_11

近鉄生駒線竜田川駅は単線片ホームのささやかな駅です。

    5時間   8.6㌔

 山の中は19℃  平群の日向で26℃

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2008年9月30日 (火)

「軽 登 山」について・・・総括」

Photo_2 6月18日・19日の「軽登山についてⅠ及びⅡ」をご覧ください。
日経(木)夕刊に連載されていましたが、今回終わりました。
初級者に対する指導書ですが納得の行かぬ項目が多かったと思います。
伊藤 幸司氏は年間200回ほど会費を取って山歩きの案内指導をする60歳前後のセミプロと推定しますが、今回の項目も何を言いたいのか分かりかねます。
fail safe(故障を起こした時の安全保障装置)はなんのことですか?
考えてみましたが、不特定多数の客を連れて一つの山頂を往復する関東地方に多い日帰り登山の時のことでしょう。
日帰りでも縦走登山をしている私達との違いを感じました。   
計画時で逃げ道を考え、それなりの装備で、バテた者があれば荷物を分け合います。

・・・・余計なことを言っているようです。     失礼しました・・・

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2008年9月29日 (月)

消えてゆく隠れ道

Photo 先日、記載しました紀見峠~小池~西の行者~横手尾根の内、小池~西の行者の間の裏道の踏跡が消えかかっているので、もう少し篤志家に歩いてもらおうとhttp://sanponakama.cocolog-nifty.com/blog/archives.html
山歩仲間Ⅱに「(10)紀見峠から西の行者の裏街道」として収録しました。
御吹聴ください。

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2008年9月25日 (木)

山の中のトマト農園

Photo  Photo_2
22日にボ谷から子尾根を越えてボ谷林道に出たとき、前々から気になっていたこの作業所を訪ねました。
場所を詳しく言いますと南海・天見駅から岩湧山を目指してボ谷林道を30分足らず歩いて突き当った所です。   ダイトレ紀見峠に行くダイトレ道がここで横断します。
標高480㍍で岩湧山にはまだ1/4しか来てませんが、県境尾根に近い比較的平たい所です。
300平米ほどの丸太を組んで屋根だけビニールのハウスが8棟並んでいます。
ご主人にお話を聞きました。
トマトは最低気温が25℃を越えると生育しません。  7,8月は熱帯夜になる大阪の平野ではトマト栽培は出来なくなっています。
お住いは狭山で10年ほど前にこの地を開拓してビニール・ハウスを建て、トマトの簡易水耕栽培をなさっています。
電気も通じ、水はボ谷左股の源流です。
春に狭山でトマトの苗を育て、此処まで運んでシートに定着させます。
水に肥料・農薬を混入させますから、雑草は生えません。
収穫は6月から10月まで続くようです。
気温は平地に比べ5℃以上低いそうです。
あくまでトマト栽培を続ける意欲を片道40分もかかるこの山中で実現させたご主人に敬意を捧げます。
そのあとで廃村横手を通って、日本の農業問題を考えました。
紀見峠(ダイトレ)から岩湧山に縦走する機会がありましたら、ここがトマト農園だと思い出してください。

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2008年9月24日 (水)

小さい秋・・・見いつけたー ♪

9月22日(月)  晴れ時々曇り
天候の安定と涼しくなるのを待っていたら、半月たってしまいました。
紀見峠駅から岩湧山登山の根古谷ルートを越ガ滝手前の新しく出来たダムから右の谷に入ります。
岩湧山登山は戦前はこのルートを使ってました。  砥石谷源頭に出ます。
今は関電道になっていますが、十七番経塚への最短路です。
小さな流れですが渓流沿いの踏跡が流れの中を飛び石つたいに拾うようになると左手へ関電階段を登ります。   ジグザグを何べんか切ると関電道と分かれて流れの源頭をトラバースしてダイトレ道にでます。17_2
Photo右に行くと経塚の天見不動があって砥石谷の源流を渡り、ボ谷の池からボ谷林道を横切ってダイトレ縦走の中でも一番楽しい散策が紀見峠まで楽しめます。   明るい照葉樹林の中を小さな上り下りを繰り返します。Photo_2  Photo_3

山の神でダイトレと分かれて林道をまっすぐ進むと突き当ります。
左の小道を登ります。
古い登山道ですから細いですがしっかり踏まれています。   間もなく小池に突き当ります。Photo_4
ここから右へ次の谷は10年ほど前に伐採されて新しい檜の植林が3㍍ほどに伸びている中の踏跡を辿ると細い流れを越えると薄暗い自然林になります。
ここから踏跡は殆ど消えています。
谷を半円を画くようにトラバースするのですが、ブッシュ漕ぎ上級者の技量が要ります。
大木があれば上部が踏まれています。
茨のブッシュの中に山椒の香りがしました。
やや下がり気味に100㍍ばかり進めば最後は3㍍ほど登って植林帯になって明瞭な踏跡が出てきます。
子尾根の上の巾のある踏跡を直登するとまた尾根に出ます。
数年前まではここからもう一つ谷をトラバースして西の行者尾根に出るルートがあったのですが、もう全く消えました。
この尾根にもはっきりした踏跡はありますから直登して最後は細い竹のブッシュをかき分けてダイトレ横の関電鉄塔に出ます。   右に行けばすぐ西の行者です。
ここからタンボ山と杉尾峠の間を南に降っている横手尾根を降ることにしたのですが、タンボ山を少し東に行った分岐が見当たりません。
昨年は通っているのですが、それらしい物はあるのですが、草で覆われています。    仕方なく中間にあるもう一つのバイパスに入りました。
このルートは初めてですが、チョットしたリスクを犯すのも楽しみです。
無事に杉尾峠から来るメイン・ルート出ました。Photo_8
Photo_7 横手西尾根は歩きやすい傾斜です。
林道まで下って西へ行けば有名な芋谷の手掘りトンネルがあります。
東に行けばすぐに横手八幡です。
八幡から段々畑の要領で高さ3㍍ほどの石垣が次々と下に降っていますが、湯屋谷川沿いの道が倒れた竹や崩落でハッキリしません。
石垣の段々の方に廻ったりして降ってゆくと何段か降ると千両畑のハウスとハッキリした道が見えてきました。

Photo_11
千両はお正月に床の間に活けられる南天のような赤い実をつけるこの地方の特産品です。   谷の最奥に一つ残っていました。
道は3㍍巾の車の通れる道路ですが一面に草に覆われて踏跡もありません。
しばらくするとただ一軒残っている人家へ登る道が別れてあとは石垣と崩れた廃屋があるだけです。
谷の中間点にカナダ帰りの息子が建てたシャレタ洋風の建物があってここから舗装路になります。
やっと田圃と千両畑が点在する境原部落に出て城山台北のバス停までの5㌔の舗装路歩きは長かったデス・・・
山に入ると気温は20℃を保っていました。  薄暗い西の行者では19℃で汗ばんだシャツ一枚では肌寒いです。
下界は28℃で赤い曼珠沙華(ひがんばな)が咲き乱れる”小さい秋”がやってきました。Photo_10

地図・写真は拡大してお楽しみください

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2008年9月21日 (日)

大阪の渡船めぐり

Photo 天保山々頂から見下ろす所に安治川渡船があります。
安治川、木津川等の大阪湾に近い河口は附近は大型船の往来のため昔ながらの渡し舟が残っています。
大阪市渡船は橋の代わりですから無料です。   但し人と自転車だけです。Photo_2
① 天保山渡船
② 甚兵衛
③ 千歳
④ 落合上
⑤ 落合下
⑥ 千本松
⑦ 船町
⑧ 木津川   
の八箇所と①の安治川の上流に安治川トンネルがあります。

自転車でこの9箇所を巡行するのは楽しいサイクリングです。

翁の自宅は住吉区なので ⑧~⑦~③~②~①~(トンネル)~④~⑤~⑥ の順で廻ります。
時刻表は⑧は45分毎、①は30分毎ですが、あとは10分~20分毎ですからあまり時間を気にすることはありません。Photo_3
安治川渡船は海遊館からUCに渡る外人サイクラーの人気コースです。
JR櫻島線に沿って進むと安治川口にトンネルに降るエレベーターの建物があります。
対岸に渡って次は大阪ドームを目指しましょう・・・
橋を渡って南海汐見橋駅から木津川に沿って落合上の渡しで大正区に入ります。     目の前に塵埃を盛り上げた昭和山が聳えています。     このあたりは沖縄県人の多いところですから、昼飯時にあわせると飯屋で安価な沖縄料理にありつけます。
千本松渡しの横には巨大なループ橋の千本松大橋が架かっていますが、これに自転車で挑戦しないでください。    ヒドイ目にあいます!
全コースは殆ど工業地帯で道を聞ける人も道標もありませんから、市街地図が頼りです。
渡しの乗り場は道から外れていますから、勘を働かせてください。
乗り降りには乗務員の方に必ず挨拶しましょう! heart04
歩くコースではないでしょう・・・

 

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2008年9月19日 (金)

天 保 山 登 山

Photo_11 せっかく海遊館に来たのですから、天保山によってみましょう。
東に向かって大観覧車の横を200㍍ばかりで天保山公園があります。
階段を登ると公園広場になりますが、その向こうに明治天皇行幸記念碑が立っています。
その右手に二等三角点(4.53㍍)があります。Photo_12
Photo_13 Photo_14
安治川を浚渫した時の土砂を積み上げた物で国土地理院発行の地図に記載されて、日本一低い山と称されています。
ちなみに堺市大浜の蘇鉄山(6.8㍍)は一等三角点で本当の山です。
記念碑の横から見下ろすと、安治川を渡る大阪市営の渡船が停泊しています。

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2008年9月11日 (木)

枚岡神社神津嶽

昨日の続きです。
大原山から巨大なパラポラアンテナ塔の横を通って神津嶽コースを降ります。
”らくらく登山道”を横切るとすぐ平たい台地がひろがりその真ん中に丸いピークがあります。    神津嶽です。
約2千年前にここに枚岡神社ができました。   今も奥の院があります。Photo
神津嶽(こうつたけ)の地名の上に真ん丸の等高線があるでしょう・・・
天種子命(あめのたねこのみこと)が創祠しましたが、650年ほど経って現在地に移されました。Photo_7  

Photo_6 
枚岡神社には天児屋根大神・比売大神・武甕槌大神・斎主大神の四柱が祀られていますが、八百万(やほよろず)時代の神々ですから一般には知られていません。
神社側も単に大神(おおかみ)と総称しています。   ”ふとん太鼓"の出る秋祭りと春の梅園が有名です。
神津嶽から展望台を経て公園化された道が神社の北側に降っています。
生駒山系の森林はほとんど自然林ですが、園地化が進んでよく手入れされて明るいです。   山道はよく管理されて物足りかも・・・  一般の方はこの方がよいようです。
神社~大原山はユックリと登り1時間、降り40分です。   家族連れやアベックに良いコースです。

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2008年9月10日 (水)

生駒山の一等三角点

暑さにかまけてサボッテいましたが9月8日(月)にヤット腰をあげました。
冬に行ったときは積雪で見つけられなかった生駒山の一等三角点を探しに石切駅から辻子谷を登りました。   駅で27℃もあって、案外蒸します。  興法寺の手前から小雨になりました。    山らしくなると24℃Photo_2 Photo_3 Photo_4 Photo_5
生駒山遊園の北口に10時に着きましたが、その内に童謡が流れて掃除と乗り物の試運転に係りの方は忙しそう・・・
一番高い地点のミニSLの50㍍直径の楕円軌道の真ん中に三角点がありました。
写真は拡大してください。

南口から暗峠をぬけて大原山から神津嶽コースを降ります。
気温は終始24℃ですが、午後は空気が入れ替わったのか湿度が急激に低下して爽やかになりました。Photo_6

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2008年8月30日 (土)

高齢者の眼鏡

Photo
日経28日夕刊
拡大できます

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2008年8月21日 (木)

定温観測・金剛山南尾根

8月20日(水)  曇りのち晴れ
少し気温が下がったから腰をあげました。  20日ぶりです・・・Photo_3
Photo_4

Photo_6 Photo_5

 

Photo_7Photo_8

 




Photo_9 Photo_10


Photo_11ご覧のようにダイトレに乗ると21℃~23℃で快適に歩けます。
しかしまだ陽ざしのあるコースは避けたいものです。
近く生駒山系を測ってみます。

  18.9㌔  6時間20分


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2008年7月31日 (木)

ダイトレ気温観測漫歩Ⅰ

7月30日(水) 晴れ時曇り          大阪は最高気温が35℃を越える猛暑日が続いています。
大阪の山で真夏に歩けるのは金剛山系だけとのこと、日陰を選んで歩いてみました。Photo
Photo_5  家を出るときも天見で降りても27℃でした。
林道に入るとさすがに涼しいです。

Photo_3

Photo_9 大谷は15年ほど前台風による倒木と三石山側の崩壊で渓の姿が一変しました。
最近また通れるようになりましたが、ルートはヒエ谷右股源頭の高山林道に出て三石山正面ルートを登りますが、最近橋本市が道標を設定して北側の林道から三石山にいたる裏ルートを設けました。
林道をつめて山道になってから小さな渓に近道の表示がありましたのでこれを詰めましたが失敗です。
なるほど距離は近いが上の林道から放棄した家電やペットボトル等のごみで埋まっています。
また小さいながらナメ滝の連続で危険です。
やっと林道に這い上がって涼風を受けながらテクリ
始めましたが間もなく間違いに気づきました。
勾配は20%ばかりですが、距離は正面ルートの5倍はあるでしょう。  それに方位によって太陽の直射です。  日向を100㍍歩くと体温の上昇を感じます。Photo_6 Photo_7

Photo_8

紀見峠駅30℃
急行車内25℃
大阪最高気温33.9℃

12㌔  5時間50分

次は金剛南尾根の観測です  

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2008年7月27日 (日)

充電池のこと

Nh 山行きにはGPSを携帯してます。
使用電池はアルカリ乾電池・単3×2ですが、持続時間が20時間位のようで2~3回(連続16時間)です。昨年からアルカリ乾電池はやめてニッケル水素充電池を使っています。
GPSが電池交換を指示すると取り替えますが、末期になると少しのショックで切れることがあります。
充電池は使い切らないと充電量が次第に減って行きます(メモリー効果)
そのため交換指示で取り出した電池を懐中電灯に入れますと約1.5時間点灯して完全に消耗しました。
黄色の懐中電灯の電球が切れておりましたから買い替えに行くと電球×2と右側の懐中電灯が同じ340円なので新品にしました。

おじゃま虫さん・・・・・・   充電池の消耗の知識を補ってください。
                panasonicのHPには「つぎたし充電可能」とうたっています

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2008年7月13日 (日)

孝子尾根異変!?

7月11日(金)  くもり
山歩仲間Ⅱの「和泉山系隠れ道」に孝子尾根(孝子峠~平井峠)の記事を載せましたが、昨年の3月以来歩いてませんので、念のための視察です。
行ってよかったデス・・・Photo Photo_2 Photo_3

Photo_4 Photo_5

Photo_6 Photo_7

Photo_8 「孝子越え古道」は岬町が整備しているハイキング・ルートの一部です。
多奈川の横手部落から八王子峠を孝子に越えてからこのルートを梅原に越してました。
造成でスッカリ無くなっていたのが、やっとコンクリートを流して道ができました。
学校の遠足にも使われてよく歩かれていますが、フェンスから東に向かう管理道路は舗装されていたのが薄い舗装を突き破ってブッシュが生い茂っています。
一年前の春は2時間で歩けたのに今回は3時間かかりました。
やる気が無くなって涼しい平井峠で昼食して孝子駅に帰りました。
帰りは30分・・・

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2008年7月11日 (金)

山歩仲間Ⅱに和泉山系隠れ道

山歩仲間Ⅱに「和泉山系隠れ道」Photo としてひと気の少ないルートを選んでみました。
ご批判ください。

(1)三石山・ヒエ谷遡行
(2)天見の里山・井谷ノ峰と学文峰
(3)南葛城山から「のぞき平」へ
(4)父鬼から経塚山へ
(5) 犬 鳴 山
(6)三峰山からボンデン山へ
(7)つづら畑から四石山
(8)平井峠から孝子峠
(9)孝子峠から多奈川小島まで

(1)と(6)は渓谷遡行がふくまれます。
(7)はそこそこのルートファンデングの経験が要ります。 
  県境縦走の難所です。
他は一般向きですが、府県境沿いが多いので(9)は(8)の延長で筆がスベリましたがマニアックです。

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2008年7月 3日 (木)

立石越えから信貴山

Photo 7月2日(水)曇り
近鉄服部川駅~立石越え~護法堂~朝護孫子寺~信貴山バス停

Photo_2  Photo_3

Photo_4  Photo_5

Photo_6 Photo_7

Photo_8 Photo_9

Photo_13 Photo_11


Photo_12 尾根の上はシャツいちでは涼しかったのに下界は30℃を越えました。

  7.05㌔  3時間10分

地図も写真も由来もクリックで原寸大に拡大できます

<続き>に信貴山春秋を掲載

続きを読む "立石越えから信貴山"

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2008年6月28日 (土)

続・道 迷 い 考

Photo 数日前に日経の「軽登山」①の”道迷い”に触れましたからその続きです。
十年近く前の話。
MRIの第二次府県境縦走につきあって2泊3日で生草林道から入りました。
左股をつめて稜線に乗り城ガ峰を過ぎてカマ尾根分岐にかかりました。Photo_2
テント泊ですから荷物の重量は約20㌔です。
①ササ峠に向かってカマ尾根を降る所を 中畑分岐へ曲がっております。
数日前に歩いた時はヤブで塞がっていましたが、当時はカマ尾根への急降下を見逃したのでしょう。
中畑分岐で休憩してます。
当時は道標も無く、この附近の地理感もありません。
②分岐を出発して×点に着きました。
左の写真を見てください。
大木があって左へ踏跡が降っています。
踏跡は大木の死角に入り、また荷物が重いと下を向いて歩きます。
右は歩き易い平たい尾根筋です。  ピンクのテープは現在の松茸山の境界です。  その当時これがあれば・・・・
地形図で等高線をご覧ください。   広い尾根が北に向かっています。  当時はカマ尾根に向かうものと思っていました。
GPSの無い時代です。
何処でも歩ける疎林の中ですが、踏跡がまったくありませんから、これはおかしいと感じましたが最後は荷物の底を地面につけた尻制動で急斜面を降り落ちました。
緑点線は想像です。
堀河谷の源流の川瀬谷にでました。(当時はササ峠の西と思っていました)  カスカナ踏跡がありました。

おかしいと思ったら「引き返せ」・・・       これが原則です。
(荷物が重いと降りにかかってからは決心がつきませんヨ)
古い話をしました。    故地を通って思い出しました。   谷に下りてから、またアクシデントがありましたが、これは道迷いと関係がありません。   遭難は何処でもできます。
ついでの話・・・  ×点を過ぎてからのルートを追ってください。   複雑怪奇な地形で小さなピークの間を縫って行きます。   相当熱心に踏跡を追わないと、ここでも”迷い道”をします。

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2008年6月26日 (木)

生草谷から三峰尾根・ボンデン山

6月24日(火)  曇りのち晴れ
梅雨の晴れ間をねらって8年ぶりに生草谷に入りました。
犬鳴山バス~生草林道~生草谷~城ガ峰~カマ尾根分岐~中畑分岐~ボンデン山~つづら畑バスPhoto
生草谷は短いですが和泉山系ではA級の渓谷遡行ができます。Photo_2 Photo_3

・ 

                すぐに渓に入りますから、これで良いのか少し不安ですがすぐに頼りない踏跡が現れて通過できる所は渓の中を、少し高い滝は高巻きしますが、黒い土が柔らくて渓通しの方が楽です。
傾斜だゆるんで踏跡が主体になると丸太橋が二ヶ所あります。    最初の丸太橋は苔がビッシリで四つ這いで渡りました。   他人に見せられぬポーズ・・・
いよいよツメになると右側にマークが点々と付いています。
尾根に飛び出すと立派な林道です。    8年前にはありませんでし
た。Photo_4 Photo_5

            地図にも記入しましたが、生草林道の中ほどから別れたこの林道が東北に大きく迂回してここまで来ています。
近畿自然歩道になっています。
地図をクリックで拡大してください。  緑線が自然歩道です。
ここからは普通の山道になってササ峠を迂回してボンデン山を通る県境に沿ったコースのようです。
三峰山からの尾根にはもう少し登って城ガ峰で会います。
ここからは広葉疎林の明るい尾根を楽しく上下します。
ササ峠への分岐から左に入ると急に倒木が増えて踏跡が薄くなりました。   300㍍ほどでカマ尾根の途中からトラバースしてきた道と合ってまたシッカリした道になりました。   今はこれがメインかも・・・
昼食の予定の中畑との分岐に中々出ないのでGPSで確認すると目の前でした。Photo_6
中畑分岐には道標がたくさん付けられていますからボンデン山にはここを利用する人が多いかも・・・
しばらく進んで十年前に”きよもり”とのペアーでコースアウトした迷点を確認してからボンデン山に向かいます。
この辺りからさらに樹木は疎らになって明るくなります。
ピークを幾つか越えますから文字通り右往左往します。
ブナの大木がありました。  珍しいです。
堀河谷から登ってきたコースと一緒になると道幅も広くなってもうハイキング気分で歩けます。
Photo_7
この季節は和泉高原の何処へ行っても笹百合の花盛りです。    花を取らない公共性が増えたのか、登山者が少ないのかどちらでしょうか・・・
ボンデン山は無線塔が数年前に一基が撤去されて一本だけになりました。
つづら畑発のコミバスの時間がちょうど1時間あとなのでがんばって歩いて間に合いました。
100円は魅力ですヨ
いつも乗客は私一人なのに今日は途中から20人余りの幼稚園の団体が乗り込んできてマイクロバスは超満員です。
運転手さんは二人ずつ座らして全員の着座をみとどけて発車しました。

       12.66㌔    6時間

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2008年6月19日 (木)

「軽登山について」 Ⅱ